寂れた町の片隅にある小屋の中、慌ただしく入って来た小さな影は辺りを警戒しながら扉を閉めた。
脆そうな扉に付いている唯一の留め金をしっかりと掛けて、少年はようやく全身の力を抜いてその場に座り込んだ。
全速力で走ったせいか息は荒く、首筋には汗が滲んでいた。
「やったんだ……これでもう、彼女は"自由"だ……!」
大きな仕事をやり終えたかのように、少年は目を閉じて呟いた。
最初で最後の使命を自分はやり遂げた。
籠の中の鳥である彼女は、籠を抜け出して飛び立った。
もう誰にも縛られることなく、彼女は自由に飛び回ることができる。
それが、彼女の"幸福"。
だからきっと、これでいい。
「……」
少年は一瞬寂しそうな笑みを浮かべると、そっと手に持った赤いナイフを自分の喉へ近づけた。
疲れ果てた体は、このまま放置して置けばその内動かなくなるだろうが、その前に自分の手で止めるべきだ。
それがせめてもの……
「"彼女"への償い、かい?」
「!?」
自分以外の誰かの声が聞こえて、少年は飛び上がった。
慌てて扉を振り返るが、扉にはしっかりと留め金が掛けられている。
この小屋にはここしか出入り口はない。
ということは…まさか自分がここへ来る前に、何者か居たのか?
「だ、誰だ!?」
恐怖心を押し殺すように大きな声で問いかける。
すると暗闇の中からかすかに笑い声が聞こえてきた。
透き通った声で、男のようにも聞こえるし、女のようにも聞こえる。
「っ…だ、誰なんだよ。隠れてないで出て来いよ!」
威嚇するように言ったとき、暗闇の中にぼうっと白い影が浮かんだ。
黒っぽい服を着ているので今まで気づかなかったが、長身長髪で身形の良い男性がそこに立っていた。
シルクハットから伸びる銀色の髪の毛が、暗闇の中ぼうっと光っているように見えたのだ。
「だ、誰だよ、お前。…見かけない顔だな」
警戒しながらも、相手が人間だとわかって幾らか安堵した様子で少年が尋ねた。
整った顔立ちの男性は、小さな体で精一杯威嚇する少年を見ながら面白そうに笑みを浮かべる。
「驚かせてしまったかい?…そんなに心配しなくても、ボクは君に何もしやしないよ」
「…そんなの信じられるかよっ」
少年は一層警戒心を強めながら、男性を睨みつける。
男性は軽く肩をすくめて見せるが、その口元には笑みが浮かんだままだった。
それが一層、少年の警戒心を煽る。
「お前、ここで何してるんだ」
後ろ手にナイフを強く握り締めたまま少年が問いかけると、男性は口元を吊り上げて答えた。
「別に。何もしていないさ」
男性はひらりと両手を上げて、何も持っていないことを少年に確認させる。
しかしそれでも少年は警戒心を解かなかった。
「お前、いつからそこに居たんだ」
「最初からだよ」
「オレが来る前からここに居たって訳か」
「いや…君がここに来た時には居た、ということだよ」
男性の言葉に少年は訝しげな表情を浮かべる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。君がこの小屋に入った時、ボクはここに居た」
「…オレが来る直前に、ここに来たってことか?」
しかし男性は静かに首を振り、
「君がこの小屋に入るのと同時に、ボクもこの小屋に入ったということだよ」
と言って朽ちかけた椅子に腰掛けた。