Baroque
終わらない喜劇-Repeated comedy-

賑わう街の中、通り過ぎた馬車を何気なく目で追って振り返ると、そこに赤い風船を持った幼い少女が立っていた。

「おにいちゃんも"おしばい"見る?」

少女が差し出した小さな手には、薔薇で装飾された演劇の招待状が握られていた。

半ば反射的に招待状を受け取ると、少女は嬉しそうに笑って言った。

「とっても面白い"おしばい"だよ。おにいちゃん、ぜったい見に来てね」

招待状から顔を上げ視線を前に戻すと、少女の姿はあっという間に人混みに紛れ見えなくなっていた。

「演劇か…」

招待状によると、街外れにある劇場で館で起こる事件を探偵が謎解くという物語が上演されるらしい。
別にそれほど演劇が好きな訳ではないが、今日は特に予定もないし暇潰しには丁度良いかもしれない。
ただの気まぐれと言えばそれまでだが、おれは招待状を片手に劇場へと向かった。

上演された物語はありきたりな話ではあったが、それを演じる役者の演技が素晴らしかった。
鬼気迫る表情と台詞。
流れ出す鮮血もリアリティに溢れ、見ている者にまで緊張が伝わって来る。

劇が終わったとき、おれは周りの観客と同じように劇場を震わせる程の拍手を送っていた。
興奮冷めやらぬまま席を立とうとしたとき、ふと一瞬眩暈がした。
急に立ち上がったせいで立ちくらみでも起こしたのだろう。

そう思いながら顔を上げると、開幕のベルが鳴り響いた。

「え…?」

周りの観客達はいつの間にか席に戻り、じっと演劇を見つめている。

「だって今終わったはずじゃ…」

招待状には一つの演目しか記されていなかったはずだが、まだ時間もあるし暗闇の中で移動するのも危ない。
結局おれはそのまま劇を見ることになった。

先程と同じ探偵と館の人々による物語なのだが、さっきとは少し展開が違う。
演じている役者も同じ人物もいれば新しい人物もいる。
2本目の劇も素晴らしいものだった。

満足して席を立ったそのとき、また目の前がぐらりと歪んだ。
どうにか踏み止まり顔を上げると、いつの間にかまた開幕のベルが鳴り響いていた。
閉じたばかりの幕が上がり、演劇が始まる。
辺りを見回すが、観客は席に座ったまま動じた様子もなく劇を見続けている。

…おかしい。絶対におかしい。

だが観客は誰一人文句を言うこともなく劇に集中している。

おかしいのはおれなのか?

奇妙な感覚に陥りながら、おれは劇を見ている観客の一人に声を掛けた。
だが観客はおれの方を見向きもしない。
もう一度声を掛けてみたが結果は同じだった。
別の観客の肩を叩いて声を掛けてみるが、反応はない。
無視されたことに腹が立ちつい大声を出してしまったが、誰一人反応しない。

やがて終幕のベルが鳴り響き、拍手が沸き起こった。しかし…

「どうなってんだよ…」

すぐにまた開幕のベルが鳴り響き、観客達は繰り返される演劇を見ながら笑う。笑う。

この奇妙な空間から一刻も早く逃げ出したい。

おれは席を立つと出口に向かって一目散に走った。
両開きの扉に体当たりするように飛び出したおれは、突然視界を遮った白い光に目が眩んだ。

『そんなに慌ててどうしたの?』

目の間に立っていたのは一人の女性だった。

『主人はもう寝てしまったのかしら…』

そう言いながら夫人がおれの横を通り抜け扉を開けると、部屋の中に血塗れの男性が倒れていた。

響き渡る悲鳴。

夫人が駆け寄るがもう手遅れなのは一目瞭然だった。

そこで夫人が何かに気づいて怯えた表情でおれを見た。

『あ、貴方…それはいったい…っ』

夫人の視線の先にあったものは、血塗れのナイフとそれを握りしめる手。

「え……」

思考が止まった。
どうしておれの手にナイフがあるんだ?
何故血塗れなんだ?

『人殺し!!!誰か、誰か来て!!!』

夫人の叫びを聞いて館の住人が集まる。
その中の一人が一歩前に出て死体とおれを交互に見て、考え込むように顎に手をあてた。

『ふむ。なるほど。この館に紛れ込んだ復讐者は、君だったのか』

"探偵"の言葉に住人達がざわめく。

『そもそもご主人が私に依頼したのは…』

探偵が話し続ける中、おれはその場に立ち尽くしたまま困惑の表情を浮かべていた。

何がどうなっているのか、もう訳がわからない。

『償う気持ちはあるかね?罪悪感を感じているのかね?ならば、自分が犯した罪を償うがいい。さあ…この手を取って、その罪を償いたまえ』

探偵が差し伸べた手に、おれは無意識の内に自分の手を重ねていた。
それと同時に目の前が白くなっていく。

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