森の奥深くに忘れられたようにぽつんと佇む小さな教会。
ステンドグラスから差し込む月明りが、手を組んで跪く少女の顔を照らし出していた。
「主よ、どうか罪深い私をお許し下さい。…もし…時を戻せるのなら、私は…」
ぽたりと冷たい床の上に雫が落ち、少女は俯いた顔をゆっくりと上げた。
そのとき視界の端で何かが煌めいた。
ステンドグラスの前に、一人の男性が立っている。
背後から差し込む光が彼の長い髪を虹色に染め上げ、黒いシルクハットに天使の横顔が映し出されていた。
少女は幻想の世界に迷い込んだアリスのように、ただ茫然と彼を見つめていた。
しばらくして、男性が滑らかな動作で椅子に腰掛けた。
その様子を少女はぼうっと見つめていたが、やがて我に返ると慌てて姿勢を正して涙を拭った。
「ご、ごめんなさいっ…あの…私…誰もいらっしゃらないと思って…っ」
しどろもどろになりながら説明する少女に、男性は微笑を浮かべながらそっと手を差し伸べた。
「どうやら懺悔の邪魔をしてしまったようだね。…とにかくそこじゃ体が冷える。こちらに来て座ったらどうだい?」
少女は差し伸べられた手と男性の顔を交互に見た後、遠慮がちに男性の手にそっと手を乗せた。
少女が椅子に腰掛け落ち着いたところで、男性は教会内を見回して言った。
「たまたまこの教会の前を通り掛かって、何気なく中に入ってみたんだけど…ステンドグラスから漏れる光が幻想的で美しいね」
少女は男性の視線につられるように教会内を見回してから、改めて目の前に座る男性を観察してみた。
はっきりとした年齢はわからないが、目元や口元を見る限り、まだ若そうに見える。
黒いシルクハットやロングコートは、生地もしっかりしていて高級そうに見えるし、物腰も柔らかい。
もし彼がどこかの貴族なら、自分は物凄く失礼な事をしているのではないだろうか。
しかし見たところ付き添いもいない様だし、貴族のような身分の高い人間がこんな時間にこんな場所に来るとは思えない。
いったいどういう人なんだろう。
不思議に思い、思わずじろじろ見ていると、男性がこちらを振り返って口元に笑みを浮かべた。
「っ…」
顔が赤くなるのがわかり慌てて俯くが、たいして効果は無いだろう。
しかし男性は特に気にした様子もなく、変わらぬ微笑を浮かべながら少女に尋ねた。
「ところで、君はいったい何を懺悔しに来たんだい?」
少女はびくりと肩を震わせて、ぎゅっと自分の手を握りしめる。
俯きながら考える内に、目の前にいる男性がどんどん現実離れしていく。
貴族ではないにしろ、普通の人間なら真夜中に森の奥深くにある忘れられた教会になど足を運んだりしない。
足に届きそうな長い銀色の髪も、どこか現実離れしていて、まるで天使の羽のように見える。
もしかしてこの人は、人間ではなく、本当に天使様なのではないだろうか。
「…私は…人を……あの人を殺めました…」
掠れた声で呟くと同時に、時が巻き戻ったかのように過去の記憶が鮮明に甦った。