albergare

 バイトの帰り、近道に通る公園で見つけた。
 木で出来た柔らかくも心地良くもないベンチに蹲る動物、多分肉食。
 
 大きな体躯に金糸の鬣(たてがみ)。
 
 あら珍しい、どこから逃げ出してきたのかしら。
 飼い主さん探し回ってるんじゃないのかな。
 こういう時って警察に知らせるべき?
 
「――じゃなくて」

 自分でツッコミを入れてしまった。
 
 あんまりにもあんまりな光景に混乱しすぎて、脳が現実逃避に走った。
 
 ベンチに横たわるのは街灯の心許ない光でも十分分かる見事な金髪の男。
 ライオンの鬣みたいだとか思ったせいで、勝手に動物に転換しちゃったよ。
 
 彼には見覚えがあった。
 大学で何度か見かけた事がある。
 すらっとした長身にこの髪色で、顔も整っててまるでモデルみたいな外見をしてるから、物凄く目を引いた。
 女の子達が騒いでたし。
 
 名前は確か、塚田。……塚田? うーん。
 
 で、彼はここで何をしてるんだろう。
 見た感じ熟睡してるようだけれど。
 
 顔を覗きこんで確認してみる。
 
 怪我をしてるようでもないし、お酒も入ってなさそうだ。
 
 現在夜の10時過ぎ。
 こんな時間に一人、公園のベンチでって……怪しすぎる。
 
 関わらない方が賢明かな、うん。
 
 結論を出して立ち上がった。
 
『私は何も見なかった。ここには誰もいなかった』
 
 そう自己暗示を掛けながら。
 
「うわ、放置するか普通」

 歩き出した私は、不意に後ろから掛けられた声に体をビクリと跳ねさせた。
 ゆっくりと振り返った先には、ベンチに座っている金髪の男。
 若干タレ目なのに鋭い瞳でこちらを見ていた。

「お、起きました、か」
「うん。ずっと起きてた。あんたどう反応すんのかなぁって探ってたらまさかの放置プレイ」

 欠伸をする塚田に、うっと私は言葉を詰まらせた。
 ていうか、起きてたならこんな所いずに家に帰ればいいじゃない。本当に何やってんのよ。
 
 胡乱気に睨むと塚田はにやりと笑った。
 
「ホームレスじゃねぇよ、ただの家なき子」
「一緒です! 同義です! ていうか子って歳じゃないでしょ!?」
「いやぁ、ルームシェアしてる奴が女連れ込んだせいで追い出されたんだわ。でもこの時間に泊めろって言って行けるようなダチいなくってよ、あー俺友達少ねぇ」

 ルームシェアという言葉に何か引っかかりを感じたものの、それよりも発言の内容が気になる。
 返答に困るような事情をさらっと言わないでもらいたい。
 前半はもうなんかコメントのしようがないし、後半もそんな初対面の人に友達いないんだとか打ち明けられてもどうすりゃいいの!?
 
 ああそうなんですか、と適当に相槌を打っておいた。
 
 何だかこの人、見た目は怖くて近寄り難いけど、喋ってみると印象変わるなぁ。
 まぁどうでもいいか。
 
「じゃあ野宿頑張ってください」

 ぺこりとお辞儀をして今度こそ家に帰る。のだけれど。
 
「あの、何でついて来るんでしょう」
「女の子の夜歩きは危ないから送ろうと思って」
「ありがとうございます、でももうすぐそこなんで」
「気にすんな、そのまま泊めてくれりゃそれでいいから」
「やっぱ本音そこか! 嫌ですよ、泊めるなんて出来ないに決まってるじゃないですか!」
「あれ、実家暮らし?」
「一人暮らしです、だから駄目なんですよ。女の子の一人暮らし、しかも初対面の人ん家に泊まるってどんな神経してるんですか」
「一夜限りの過ち、若気の至りってのもいいじゃん」

 いいわけあるか!
 同居人が女連れ込んで、この人は行きずりの女の家に転がりこもうとして、似た者同士だな!
 
「アスミちゃんってば真面目だなぁ。噂は噂って事かぁ?」
 
 聞き捨てならない単語に眉を顰めた。
 
 噂。
 大学の一部でそんなものが流れているらしい事は知っている。
 心底バカらしいとは思うし決して良いものではない事も。
 
 元々が派手な顔立ちをしているせいで、性格を誤解され易い。
 今のように軽い男から軽い誘いをよく受ける。
 絶対乗ったりしない。全てつっぱねている。
 
 そんな誘いに乗るように見えるのが嫌で、真面目な態度を心掛けてるつもりだけど、謂れのない女の子達からのやっかみを買う事が無いわけではない。
 
 心底バカらしい。ある事ない事どころか、ない事だらけの噂を流されるのは勘弁してもらいたいものだ。
 
 この男もその噂を耳にした事があったのだろう。でも
 
「……名前まで知ってんですか」
「永富 アスミ。有名じゃね?」

 嬉しくない。全然嬉しくない。
 ていうか私はいつまでこんな会話続けてんだろ。
 
「マジでついて来ないで下さい。誰の家でもいいなら大通りででもナンパすればいいじゃないですか」

 こんな人気のない公園で寝てても人なんて来ない。
 ましてこんな時間なら。
 大通りまで出ればまだそれなりに通行人もいるだろう。
 こんな整った顔した人に声かけられたら、喜んで泊めてくれる女の人もいるに違いない。
 
 私は絶対に嫌だ。
  

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