「アスミちゃんの家がいいからずっとここで待ってたんじゃん」
「は?」
「バイト終わったらいっつもここ通るよな」
「なん、で知って……」
「さて何でだろう」

 はぐらかす塚田に苛立つ。

「ストーカーですかもう」
「うん、そうだな。俺ずっとアスミちゃんの事見てたから」
「怖っ! ちょ、やめてくださいよそういうの言うの」
 
 否定してよ。肯定するにしても冗談めかして言って欲しい。
 嘘だと思っても一瞬ぞっとした。
 
「何で? 俺がアスミちゃん見てたの、マジで全然気付いてなかったのか?」

 首を傾げながらそっと片手で私の頬を撫でてくる。
 
 ……多分だけど。私の勝手な思い込みだけど、こんな女の扱いに慣れてて百戦錬磨みたいなストーカーいないんじゃないだろうか。
 しつこく追い掛け回す必要もなく、むしろ女の方から寄ってくるでしょ。
 
 しかも長身ド金髪って目立ち過ぎる。
 
「だから、そういうのを他の人にして下さいって言ってるんです」
「だから、俺はアスミちゃんが好いんだって言ってるんです」
「真似しないでください」
「真似してませんー」

 こいつ、殴っていいかな!
 拳を思い切り振り回したけど、軽く避けられた。むかつく
 
「人の言う事は信じようぜ。アスミちゃん」
「信じられる要素がどこにあるんですか」

 はぁと盛大に溜め息を吐いた。この人と話してるととても疲れる。
 
 いい加減にしてくれないかなと塚田の顔を見ると、さっきまでのふざけた彼は何処にもいなかった。
 真っ直ぐ射抜くように私を見ていた。
 
 鋭い目つきのせいでちょっと怖い。
 
「大学で見かけて一目惚れだった。それから目で追うようになって、同じ講義んときとかずっと見てたりとか。ここ通ってるって知ったのはたまたまだけど、でも今日チャンスだと思ったんだ。話しかけられる、近づけるって」

 さっきみたいに突っぱねる事が出来ない。
 軽くあしらっちゃいけないような気がする。
 とても冗談には聞こえないから。
 
 だけどとんでもない事を言われた、よね今。
 体温が勝手に上昇していく。
 
「つ、つか……」

 ヴーヴーヴー
 
 カバンが振動した。私の携帯電話が着信を知らせてる。
 
 塚田に何と言っていいか分からない私は、しめたと逃げ道を見つけて彼に背を向け電話を取った。
 
 耳に入ってくるのは聞きなれた低い声。
 一方的にぱーっと用件を話してくる。私は相槌さえもロクにしていないが、気にするような相手じゃない。
 
 数分後、電話を切った私は塚田の方を振り返った。
 彼は態とらしく横を向いている。
 
「塚田 ミチル。ああ何か引っかかると思った。そうかそうかミチルね」

 へーぇ、ほーぉ。
 やっと全貌が明らかになった私は腕組みをしながら塚田を睨む。
 塚田はそっぽを向いたまま。でも若干その表情は気まずそう。
 
「いつも愚兄がお世話になってまして!」
「あ、やっぱ電話ってサクヤさん?」
「サクヤさん? じゃないわよ、あんたも兄貴も何考えてんの!?」

 塚田の肩を掴んで揺さぶった。
 
 
 どういう事か説明すると。
 
 塚田のルームシェアの相手というのが、何を隠そう私の兄であるサクヤ。
 今にして思えば塚田って名前に何か引っかかりを覚えたのは、以前ちらっと兄との会話に出てきたような気がしなくも無かったからだ。
 同室者の話になったとき大抵はミチルって呼んでたからすぐに思い出せなかった。
 
 
 不肖の兄が彼女を部屋に連れてきたせいで追い出されそうになった塚田は、行くあてが無いのにどうしてくれるのかと兄に食って掛かったそうだ。
 
 すると兄はあろう事か妹である私の部屋を無断で提供しようと考えた。
 バイトの帰りに絶対ここ通るから、この公園で待ってたら会えると言ったようだ。
 時間を見て自分が妹には事情を説明するからと。
 
 その電話が遅いのよ!
 
 塚田は私がまだ何も知らされていないと気付いてからかって兄から電話が掛かってくるまで遊んでいたのだろう。
 
 なんつー性格してんのコイツッ。
 
「ていうか妹の部屋に男泊めさせようとする兄って!」
「俺サクヤさんに信用されてるからなー」
「ただ常識が無いだけよ!」
 
 ムカつく。一瞬でもこの男の言葉に惑わされそうになった自分に腹立つ。
 そしてそもそもの元凶である兄が許せない。
 
 怒り心頭の私を囲うように塚田は腕を背中に回してきた。
 私はまだ彼の肩に手を置いたままだし、何だか見ようによっては恋人同士でイチャついていると思われるような。
 
「な、なに?」
「誤解がないようにしとくと、俺が言ったのは全部ホントだから」
「………へ?」

 呆ける私から少しだけ離れた塚田は、今度は手を握って歩き出した。
 
「じゃ、家帰ろっか」

 にこっと爽やかな、けれどどこか肉食獣っぽい笑顔を振りまいた。
 

「ま、まだ泊めるなんて言ってないでしょー!?」

 

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