romanesque2 | ナノ


「しんどいの?」

 心配そうに顔を覗いたかと思うと、コツンと額を当てた。
 
「熱はないね。気分悪いの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
「そ? あ、飲んでばっかじゃなくて少し食べた方がいいよ? はい、あーん」
「ちょ、侑莉!? あんた何やってんの!」

 近くにあったエビチリを箸でつまんで口元に持っていくのを、呆然と眺めていたが、一人が我に返って侑莉を引き剥がした。
 
「ちゃんと食べないと酔いが回りやすいって言うじゃない」
「……もしかしてあんた酔ってる?」
「ん?」

 にこっと笑む侑莉の頬はほんのり上気しているような気がする。
 嫌な予感がした。
 それが表情に出たのだろう。
 
「あっちゃんどうしたの難しい顔して。あっちゃん可愛いんだから笑って笑って」

 顔を包むように両手で触れて至近距離でそう言う。
 
「た……性質悪いこの子の酔い方ーー!!」

 女の子達全員の叫びだった。
 
 それからは、酒を勧めて何かと侑莉とスキンシップを図ろうとする男と、それを阻止しようと必死になる女の攻防が繰り広げられた。
 
 とにかく侑莉は、良く笑い構いたがり触れたがる。
 相手が誰でもだ。
 
 普段の人見知り気味の侑莉からは考えられない。
 
 どれくらい時間が経過した頃だろうか。
 
「こちらです」

 という店員の声がした後、個室の引き戸が開いた。
 
 入ってきたのは知らない男だった。
 
 自分達より明らかに年上で、服装はそう変わらないが学生ではないように見えた。
 
 無表情に室内を見渡す男の容姿はやたら整っていて、女の子達は状況も忘れて凝視していた。
 
「あれぇ? 凌さん偶然」

 使い捨ての紙布巾で、男の子の口元を拭っていた侑莉がふんわりととろけるように微笑む。
 
「アホか、どんな偶然で部外者の俺が個室にまで入ってくんだよ」

 侑莉の笑みの効果もなく凌は冷たくあしらった。
 
「あ、か、彼氏、侑莉の彼氏!?」
「マジで!?」

 悲鳴に近い声で騒ぐ女の子達の顔が赤らんでいるのはきっとお酒のせいじゃない。
 
 だがこういう反応に慣れている凌は、無視して侑莉をひたりと見据える。
 
「お前酔うとそういう事になんのな」

 現行犯だ、言い逃れは出来ない。
 だが侑莉は何が拙いのか分かっておらず、にこにこと笑いかけるだけで。
 
 酔っ払いに説教するほど無意味なものはない。
 
 凌は彼女の傍まで行くと、両脇に手を差し込んで立たせた。
 
「酒は美味かったかよ」
「うん! 今度は凌さんと飲みたい」
「はいはい、じゃあ明日。そん時に今日酔って何したか詳しく教えてもらわないとな」

 ヒヤリとした。「さむっ」と誰かが呟いたくらい。
 エアコンから冷風が流れて来たのかと思うくらい、一瞬空気が冷えた。
 
 どうやらこの彼氏は静かに怒っているらしい。
 
「すみません! 侑莉が酔うとこんなになるって知らなくて」

 美形が無表情でいると迫力がある。
 一人の友人が慌てて謝った。
 
 凌は彼女の手に握られている携帯を見た。
 
「ああ、連絡くれた子」

 侑莉の携帯だった。自分達の手に負えないと判断し、咄嗟に侑莉のバッグから携帯を拝借して凌に連絡を取っていたのだ。
 
 名前だけは以前聞いた事があった。
 
 仕事と言っていたからメールをしただけだったが、思いのほか早く来てくれた。
 
「俺も知らなかった」

 片手で侑莉を抱きながら、もう片方で女の子の手から携帯を抜き取る。
 変わりに別の物と差し替えた。
 
 握らされたものが何か確認し、ぎょっと目を見開く。
 お札だった。
 
「侑莉の分」
「も、もらえません! それに元々侑莉は主役だから」
「主役の癖に台無しにした詫び」

 壁際に置かれていた侑莉のバッグを持ち上げた凌は、グシャグシャと自分に持たれながら立っている彼女の頭を撫でた。
 
「また今度コイツからも謝らせるから」

 少し目元を緩めただけだったが、無愛想な凌にはその些細な変化だけでも劇的な効果をもたらした。
 
 最近性格が丸くなったともっぱらの評判だったが、こういう所を指して言われているのだろう。
 今までがどれだけ酷かったのかがよく分かる。
 
「歩けるか?」
「よゆーです!」
「無理そうだな」

 手を離すと途端にふらつく侑莉をあっさりと抱き上げた。
 
 そのまま部屋から出て行こうとしたが、敷居のところで思い切り侑莉が後頭部を激突させて「ゴン!」と音がした。
 
「痛いっ!」
「あー悪い悪い」
「わざとだ……」
「よく分かったな」

 そんな微笑ましいのか何なのか分らない恋人同士の会話を聞いていた一同だったが。
 
「あつみ、あんたお金受け取っちゃったの?」
「………」
「あつみ?」
「はっ、ど、どうしよう私! 友達の彼氏にちょートキメイた!」
「あれは仕方ない! てかあつみのポジションでもいいからなりたかったわ!」

 女子だけで大盛り上がりに反比例して、さっきから男達は無言だ。
 
 何故か部外者のはずの凌に全て持って行かれた敗北感に居た堪れない。
 
 主役不在のままもうしばらく続いた飲み会は、その後は平和にお開きとなった。
 
 そして全員の共通認識として、絶対に侑莉にお酒は飲まさない、というのが出来上がった。
 
 
 女サイドは、その場にいた男性がすべて持って行かれるという危機感から。
 男サイドは、もれなくついてくる凌が、同じくその場にいる女性の意識をかっさらっていくからという理由で。
 


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