::romanesque 侑莉は素直に心から喜ぶ事が出来なかった。 おめでとうという祝いにも、どこか引き攣った笑顔で応えてしまう。 「ありがとう」 咄嗟にそれだけを言った。 嬉しくないわけじゃない。でも。 侑莉の一言を皮切りに、みんなはそれぞれ中断していたお酒やご飯に手をつけた。 それを確認してから隣に座っていた女友達の服の袖を引っ張り、他の人には聞こえない小さな声で訴えた。 「話が違うんですけど……?」 じとりとねめつければ、友人は微妙に目を逸らして誤魔化すように笑った。 「いやぁ大勢の方がいいかなーって。お祝いの席だし?」 「女子会って聞いてた」 「ごめんて! 本当ごめん! ついうっかり話聞かれちゃって、そしたら連れてけ連れてけうるさくって」 溜め息を吐いた。今日の主役は間違いなく侑莉だ。 幹事の彼女は力の限り侑莉の意に沿うように尽くしてくれようとはしただろう。 分かるからこれ以上は問い詰めないけれど。 今日は侑莉の二十歳の誕生日。 彼氏と過ごすのかと聞かれて、向こうは仕事があるから週末の翌日に会うだけだと答えれば、大学の女友達が誕生日パーティを兼ねた女子会を用意してくれた。 女子会と、そう聞いていたのだ。 だがいざこの、お洒落で女の子好みしそうで、だけど割とリーズナブルな居酒屋に来てみれば何故か席に男の子達が混ざっていた。 「前々から飲み会に侑莉呼べってしつこかったんだよ。女の子だけでやるって言っても全然ひかないし」 「はぁ……」 先ほど手渡されたプレゼントの入った袋を抱き込んで、侑莉は腑に落ちないという顔をした。 これまでも飲み会の誘いはよくあった。 去年の夏、自棄になって一度だけ合コンというものに参加しようとしたことがあって、そのせいで誘いやすいと思われたのか。 親にお酒を飲むなと止められていたし、侑莉は場の盛り上げ役になれるようなキャラじゃない。 相手の話を笑顔で相槌を打ちながら聞くくらいだ。 気の利いた話題を振ったりも出来ない。 だから誘ってもらえるのはありがたいが、参加したところでみんなに何のメリットもないと思うし、下手をすれば盛り下げてしまうんじゃ。 今までは未成年だからという、同い年の子からの誘いを断るには心許無い防波堤を使って断りを入れていた。 そうしていると、余計な付加価値がついてしまったのか尚更強引な誘いが多くなったのだから皮肉なものだ。 今日は気の知れた仲間内の女の子ばかりの集まりだし、何より自分を祝ってくれるというのだから安心して参加したというのに。 「あっれー宮西さん、全然飲んでないじゃん!」 「え? あ、うん」 カンパイの為に注文した二層に別れたカクテルは、一口飲んだだけでずっとテーブルに置きっぱなしだ。 男の子に指摘されて誤魔化し笑いをする。 というかこの人の名前分かんない。 そんな事実も含めてだ。 「折角宮西さんのためのパーティーなんだから、ぱーっと飲んじゃおうよ!」 「ほらほら!」 すでに良い感じにほろ酔いらしい人等が強引に侑莉の手にカクテルの入ったグラスを握らせる。 大学生になってから今まで、飲み会に参加した事が無かったわけじゃない。 女の子だけとか、ゼミでの集まりだったり。 だけど一貫して侑莉はお酒は避けていた。 昔、父――司――が飲んでいたお酒を誤飲した事があり、それ以来司に禁止令が出ているのだ。 あれは未成年だからという理由ではなく、ほんの数口で酔った侑莉の態度が原因だからだろう。 だろう、というのは侑莉は酔った自分がどんな風なのか全く記憶がないからだ。 何かしたらしい事は父の雰囲気で察せられるのだが、具体的に何をしたのかは教えてくれなかった。 あれから何年も経って、もしかしたら耐性もついて大丈夫かもしれないけれど、その賭けをする気にはならない。 他のみんなに迷惑が掛かってしまう。 しかし、侑莉のためのパーティーなのだと言われてしまうと、無碍にするのも気が引ける。 それにこれからもっとお酒の席は増えてくるだろう。 ずっと「飲めません」で通用するとは限らない。 少しずつ慣らしていった方がいいかもしれない。 あと一つ、実はちょっと憧れていた事があった。 凌さんとお酒飲みたいなぁ。 恐ろしくお酒の強い凌は、早いピッチでお酒を空けていっても平然としている。 あそこまでは無理だろうが、一緒に飲んでみたかった。 「えっと、じゃあこの一杯だけ」 おおお! と盛り上がる男達に対して、女友達は大丈夫かと窺うように見てくる。 大丈夫、多分。曖昧に頷いて答えてから、カシスオレンジの入ったグラスを口につけた。 「……美味しい」 甘くてジュースみたいだった。 「だろー! お酒うまいんだよー! てわけで今日は楽しく沢山飲もう、ね!」 一杯だけだって言ったのに。 上機嫌な男の子に笑う。 「てか宮西さんって彼氏いんの?」 「はぁ!?」 突然の質問に心底驚いた声を出したのは友達だった。 「あんた、この指輪見えないの!? ずっとしてんじゃん! いないわけないでしょ」 侑莉の左手を持ち上げてシンプルなシルバーの指輪を見せる。 凌に貰ったこの指輪は毎日つけているものだ。 「いやファッションって可能性もだな」 「ないでしょー。ファッションでもこの指は避けるでしょー」 「やっぱかぁー……」 落胆する男の子をじっと見つめていた侑莉だったが、そっと友人の手を解くと、そのまま男の子の頭に手を乗せた。 いきなり頭を撫でられた方はビックリして固まってしまった。 |