「そして今に至る、みたいな」
教室の窓際の席。空をぼんやりと見上げる茉莉の目は遠い。
「あああどうして私は今も素直にあの人の所にいるかなぁー……」
頭を抱えて悶える茉莉の前後と隣の席を陣取っている友人達がきょとんとする。
「あの人の顔がいいからじゃね?」
「やっぱ顔でしょ」
「亘浮さんテライケメン」
「ちっげぇよ!! ……一応」
彼の顔がとても整っている事は認めるのだが、それだけが理由だなんて認めたくない。
「まぁでもよく掴めない人だから翻弄される気は分かるかな」
亘浮は雰囲気のある男だ。
妖しげで相手を惑わすような言動を取り、女性的ではないのに艶がある。
近寄りがたい人なのかと思いきや、そんなイメージをあっさりと覆してみたりもするのだ。
「三度目のときなんて『あれ、本当にまた会っちゃったよ! あははははっ、君って運ないねぇー!』ってすっごい爆笑してたよね」
偶然に偶然が重なる事など亘浮も予想していなかったのだろう。
軽く笑い飛ばしたのだった。
「ちゃっかり茉莉お持ち帰りしたけどね」
「そうそう。で、こんな従順に躾けられちゃって」
机に突っ伏している茉莉の髪を撫でる。
犬猫にするような仕草に嫌でも亘浮の言葉を思い出した。
「どうせ私はペットですよ」
拗ねる茉莉に三人は苦笑する。
「いいじゃない、この際散々甘やかしてもらいな」
「そうだよ、べったべたに可愛がってもらっちゃえばいいよ」
誰かに甘えた事も、可愛がって貰おうと思った事もない。
そんな相手はこれまでの人生に一人もいなかった。
「亘浮さんなら構い倒してくれるでしょ?」
懐かせて気紛れに可愛がって、自分の都合に合わせて無責任に放っておく。
それが飼うという事なら、確かに亘浮と茉莉の関係はそうに違いなかった。
別に不満があるわけじゃない。むしろ心地よいくらいだ。
あの家も主である亘浮も、通う回数が増すほどにどんどんと茉莉に馴染んでいって。
今では学校が終わればあそこに帰るのが当然のように感じている。
居心地が良過ぎるから抜け出せない。誰から見ても不毛な付き合いを続けてしまう。
我に返って何やってるんだろうと思う事も往々にしてあった。
十七歳の茉莉と二十四歳の亘浮。
我が家と呼べる場所のない茉莉に帰る場所を与えてくれる対価として、亘浮は彼女を好きなように扱っていい。
本当に馬鹿げた関係性。でも一番手に負えないのは、それでも亘浮に依存している茉莉自身だ。
「茉莉はさ、あたし等からすりゃ十分なくらい不幸。その分取り戻したって罰当たんないって」
不幸。正面切って言われても怒りは生まれない。
一般的に見て茉莉の生い立ちはそうなのだろうし、自分が幸せだと感じた事もないのが事実だ。
だからといって生きるのに困難なわけではなし、ただちょっとした不便や不都合はあるが我慢すれば済む程度の話で。
「あんま過剰に構われてさっさと飽きられたら、ヤダ」
弱々しい発言に、友人達は吹き出し笑い転げた。
「あんたのその変わりようマジビビるわ!」
「ツンデレのデレ期」
「恋する乙女かぁー?」
黙れ! と三人を睨んだ。
だが彼女らが何を言いたいのかも理解出来て。
少し前までは自分がこんなにも女々しいなんて思っていなかった。
「心配しなくてもそんなすぐには捨てられないって」
「そうだよ。掃除・洗濯・料理こなして、好きな時に抱けて。こんな都合のいい女また見つけ出すの面倒じゃん」
「ねぇそれってペットから昇格したの降格したの」
どちらにせよ、絶対的主導権は亘浮が持っている事に違いはないのだけれど。
茉莉はただ見捨てられないようにと懇願しながら。
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