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「ったく。何で自分で食べられそうなもん作らないんだ」
「そうなんですけど、いつも自分の分作る前に力尽きて……」
「お前のを先作れ! いや普通は、あー本当お前バカだろ!」

 信じられない。先に作っていたのは凌の分だろう。
 凌は毎日のように侑莉が晩ご飯を用意していた事を知らなかった。何度も冷蔵庫の開け閉めをしたはずだけど気付きもしなかった。

 それでも作り続けてたなんてどうかしている。
 しかもそのせいで侑莉自身は食べられてないという。

 凌はいつも帰って来るのは夜中で、料理は無駄になる。普通はすぐに分かりそうなものだ。作っても無駄になると。

 だけど、ごくたまに早く帰って来ては侑莉にご飯を作らせたから、もしかしたらと思っていたのか。

 大きな声を出した凌に驚いて、目を瞬かせている侑莉の手をもう一度掴んで引き寄せた。
 肩口に額を押し付けて顔を埋める。

「香坂さん?」

 黙ったまま動こうとしない凌に戸惑ったが、不思議と退けようとも手を振りほどこうとも思わなかった。

「侑莉」

 侑莉がビクリと肩を震わせたのを感じ取って、凌は顔を上げた。

「メシ」
「……あ、はい」

 間近にある凌の整った顔をまともに見られなくて目を逸らした。
 ずっと苦手だと思っていた瞳がすぐそこにある。

 自分と正反対の凌が怖いと思っていた。でも、それだけじゃない。
 それだけならきっと、もうとっくに家に帰っていただろう。
 初めから、ここに居座ろうという気にならなかったかもしれない。

 私が縋っていたのは、この場所じゃない。香坂さんだったんだ

 憧れていたのかもしれない。自分とは正反対の凌に。
 同じようになるのは無理でも、少しくらい強さを分けてもらいたかった。

 そして、ちょっとは違う自分になって帰る。
 これが侑莉がここにいる目的だった。

 何をするにも誰かに頼りっきりな弱さをなんとかしたい。
 そう思っていたのに、気付いたら侑莉は凌にさえ甘えて縋っていたのだ。

 一時的にとはいえ居場所を与えてもらった事で、侑莉自身が受け入れてもらえたような錯覚に陥ってしまったのかもしれない。
 そんなはずもないのに。

 なんて馬鹿なんだろう。好きになるなんて。相手が凌なら、望み薄なんてものじゃない。

 きっとこの気持ちがバレようものなら「鬱陶しい」と言ってここから追い出されるだろう。

 そして次の日には侑莉の存在など、綺麗さっぱり忘れ去る。凌はそれが出来る人なのだ。

 そうと解っているのに、凌の事が好きで、名前を呼んでもらえただけで、泣きそうになるくらい嬉しい。

「最低……」

 今侑莉が使っている部屋は、瑞貴という女性の部屋だ。

 恋人を作るのは煩わしいと言っていてた凌と彼女がどういう関係なのかは知らないが、侑莉が間に入っていけるわけもないだろうし、入ろうと思っているわけでもない。



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