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「そうだ。香坂さん、巧の容姿については触れないでくださいね。ひどいですよ」

 中庭からでは顔まではよく見えなかった。それでも小柄ではあったからその事だろう。

「で、ひどいって何だ?」
「すっごく怒るんです」

 生徒会室のドアをノックして開けるとヒヤッとした空気が肌に触れた。

 涼しい、と言おうとしたが、巧の仏頂面に口を閉ざした。まるで巧の怒りがこの部屋の温度を下げているような錯覚に陥る。

「そこ座れ」

 巧と向かい合う位置を差されて、その椅子に手をかけてから凌の方を見た。凌は立ったまま壁に凭れかかって動く様子は無い。

 どうやら後ろから傍観する気でいるらしい。

 まるで先生と面談をしているような緊張感を持ちながら巧の様子を窺う。

「うわぁー瓜二つ! そっかぁ、宮西先輩はお姉さん似の美じ――」

 ちょうど巧と侑莉の中間くらいの位置にしゃがんで机の端に顔を置いてダラけていた佐原が二人の顔を見比べながら嬉しそうにはしゃいでいた。

 だが、言い終わる前に巧が握り締めた拳が頭に振り下ろす。

「痛っ! 頭……あごが痛いー!!」
「あごの骨砕ければ良かったのに」

 巧の容赦ない一撃に一番恐怖を覚えたのは侑莉だった。
 どうして弟がこんなにも凶暴になってしまったんだろうと、少し悲しくもある。

「ね、香坂さん言った通りでしょ……」
「痛そうだなぁ」

 背を壁に預けたまま腕を組んで凌はこの状況を一人楽しんでいた。
 そんな凌を巧は一睨みしてから侑莉に向き直る。

「家を飛び出した理由は聞いた。あれは親父が悪い」
「でしょ、でしょ!?」
「家出した日からあの男と一緒にいたのも知ってる」

 父親の非を巧に同意してもらえて浮上しかけた侑莉の気持ちが凍りついた。
 家を出てからすぐに携帯電話は捨ててしまったし、巧や知り合いの誰にも会わなかったはずだ。

「もしかして……コンビニに停まってた車って巧が乗ってたの?」
「そう。帰りが遅かったから迎えにきてもらってた。車の中で親父に電話で事情聞いてる最中に侑莉がコンビニに入ってくのが見えたから停まって。変な男と出てきたからどうしようかと思ったけど無理矢理連れて帰んのも嫌だし放っておいた」
「う、ありがと……」

 巧の話す内容は侑莉の心情を理解してくれているのに、言葉の端々が妙に刺々しい。

「で、その男誰だよ」
「香坂さん。ずっと居候させてもらってるの」
「こうさかぁ?」

 怪訝な顔でジロリと凌を見た。

「えらくつっかかってくるな弟。顔は姉ちゃんそっくりなのに中身は逆か」
「たっ、巧! 落ち着いて!」

 ダンッと机を叩きながら立ち上がった巧の肩を押さえながら侑莉は後ろを見た。
 凌はやはりニヤニヤと笑っている。

「わざと焚きつけるような事言わないでくださいよぉ」
「弟の器がちっせーんじゃねぇの?」
「香坂さん!」

 侑莉はもう前を向く事が出来なかった。触れている巧の肩が怒りで震えているのが分かる。
 これは絶対に殴りかかると思ったが、侑莉の予想は外れて巧は静かにイスに座りなおした。



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