▼page.1 瞼に強い光を受けて凌は目を開けた。 カーテン越しとはいえ、夏の日差しの眩しさのせいで何度も目を瞬かせながら寝返りをうった。 視界に入ったデジタル時計の表示は8:05。 いつもに比べればいくらか睡眠時間は長いが、休日の朝にしては早すぎたように思う。 だが今日は四日間の連休の二日目、一日目の昨日を丸々寝て過ごしたせいでこれ以上は眠れそうも無い。 仕方なく起き上がりリビングへ向かった。 「あ、おはようございます」 ソファに座っていた侑莉がパッと顔を上げて笑顔を作った。 その手にはヨーグルトが握られていて、随分と小さな音量のテレビを見ながら食べていたようだ。 「朝はパンでいいですか?」 まだ食べている途中だというのに立ち上がった侑莉に凌は頷いた。 テレビの音量を大きくして自分もキッチンへと歩く。 「お前バイト?」 「いえ、今日はお休みです」 自分で聞いておいて、ふうんと興味の無さそうな返事をしながら時計を見た凌の意図に気づいた。 早く起きているから何となく聞いてみただけなのだろう。 「ちょっとこの辺をぐるっと回ってみようかと思って」 ここに来て二週間と数日。 未だに侑莉は自分の家との位置関係はおろか、地名さえも把握していなかった。 一人で歩き回って迷子になるのも嫌で駅からこのマンションまでの一本道くらいしか通った事もほとんどない。 いつまでここに居るのかは分からないが、このままではさすがに勿体無い気がした。折角だし、と思う。 何が勿体無くて、何が折角なのかは本人もよく把握していないが。 「香坂さんのお昼ご飯作っておきましょうか?」 「んー、いや。俺も行く」 そう言った瞬間、ぽかんと口を開けたまま動きを止めた侑莉を睨む。 「俺が道案内じゃあ不満か」 「いえ! そうじゃないんですけど、えと、でもせっかくのお休みなのに……」 「これ以上ダラダラしてたら夜眠れん」 「あ、はぁ……」 不満はない。一人で道に迷う可能性が無くなるのは有難い。 だけど、一緒に出かけるというのは少し気まずい。 侑莉は凌が苦手だった。 鋭い目で射抜くように見られると緊張する。 正論をきつい口調で言われれば反射的に謝ってしまう。 常に、というわけではない。ふとした拍子にこみ上げてくる。 いつも穏便に話が進むようにと自分を強く通す事をあまりしない侑莉が、言いたい事をハッキリと口にする、自分とは対照的な凌に向ける感情としては当然かもしれない。 正直に言って拒否できるようであれば、そもそも凌に対して苦手意識を持ちはしないだろう。 だから彼女は遠慮がちにこう言うしかできないのだ。 「じゃぁ……、その、よろしくお願い、します」 「ん」 コーヒーと焼きあがったトーストを凌に出して、リビングに置きっぱなしになっていたヨーグルトを取る。 もう続きを食べる気にはなれなかった。 前 | 次 戻 |