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「日曜のこんな清々しい朝っぱらから酔いどれみたいな事してんじゃないよ」

 学校の校舎と寮とを繋ぐ通路の端にあるベンチを占領して寝転がっていた千春は、常日頃から険のある態度で接してくる同級生の声にゆっくりと目を開いた。

 寝ていたわけではなく、ただ何となく横になっていただけだったから、自分を見下ろしている馨にすぐに返事が出来た。

「だったら朝っぱらから絡んでくるなって……」

 同じ寮生であるから出くわすのは珍しくないのだし、千春が気にいらないのなら放っておけばいいだけだ。

 毎度同じような絡まれ方をしてくる馨は、千春の気も知らないで起きて場所を空けろとせっついてくる。

 身体を起こしたせいでぱさりと落ちたスケッチブックを取り上げた。

「いやぁ未だに失恋から立ち直ってないのかなぁと思ってさぁ。笑いに来た」

 そう言いながらも表情を一切変えずに馨は千春の隣に座った。

「すっきりして良かったー、安部見てるとイライラしたんだよね僕」
「何で俺じゃなくて緒方がすっきりするの」
「何でだろう。安部と壱都は似てるけど、壱都は好きだから不思議だなって僕も思ってた」

 いつも通りの憎まれ口かと思っていたが、馨は真面目だった。

 真っ直ぐ前を向いている緒方から目を離して千春も視線を前に戻す。

「でも巧にちょろっと事情聞いて納得。安部は多分、僕とも被るんだよ。どうしようもない過去の『もしも』に囚われてる。更に言うなら安部は態とそこから抜け出そうとしなかったでしょ」

 何で過ぎてしまった時間ばかりに何時までも拘るの。縛られているの。

 どうして現状を良くしようとしない。
 そんなにその時が幸せだったなら、今も同く過ごせるよう何故努力しない。

 今を楽しく暮らす事に微かにも力を抜かない馨は、千春を見ていられなかった。

 まるで昔の自分を見ているようで、痛々しかったのもある。
 放っておけばいいのに、どうしてもつっかかってしまう。

 嫌いだと思ったのは千春自身ではなく、馨にもある過去にとらわれる部分だった。

「だからもっとさっさとフラれてれば良かったんだよ」

 とんでもない言い種だ。だが千春は声を上げて笑った。
 ぱらぱらと真っ白なスケッチブックを捲る。

「そうだな、ふっきれた事だし、取り敢えずは残り半分の高校生活を思いっきり満喫するのに精を出そうかな」
「ああやだやだ、安部の目標ちょーちっちゃい」

 馨は立ち上がって千春の前に立った。

「生徒会もそうだし僕達だっているのに、満喫出来ないなんてありえないんだよ。普通はさ」

 これだから安部は。
 そう言って馨は来たとき同様、一人勝手に立ち去ってしまった。

 千春はここ最近やたらと賑やかな自分の周りを思い返してみた。
 確かに、毎日騒がしく忙しい。

 こうやって何だかんだと気にかけてくれる人も、きっと馨以外にもいる。
 認めてしまうのは癪だけれど、これで良かったのだと思えた。





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