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 どうしてもっと侑莉について聞いておかなかったのか。
 何故もっと多くの言葉で言い聞かせておかなかったのか。

「お前どうしたいんだ」

 その呟きが問いだったのか分からず、侑莉は黙って凌が次に何を言うのかを待った。
 僅かに腰に回していた手に力が籠もる。

「ここが嫌になって出てったんじゃないのか、何で大人しく連れて来られてんだ」
「ち、ちが……」
「じゃあ何で居なくなった!」

 こんなにも声を荒げる凌は見た事がなくて、その動揺に上手く言葉が出て来ない。

 声にして早く伝えられないのがもどかしい。

 ジレンマに耐え切れず侑莉は涙を零した。

 どうしたいかだなんて、そんなものたった一つしかないのに。その為に来たのに。

 力の入らない手で凌の肩を押した。

「香坂さんを好きでいると、誰かと気持ちがぶつかる。それが……耐えられなった」

 凌に注がれる好意も、侑莉が向けられる敵意も。受け止め切れなかった。

 喩え見えなくとも、憎悪を流し出す瞳や罵倒を吐く声がどんなものか知っている侑莉には傷ついている人が大勢いる事実に耐えきれなかった。

「だけど、でも、それだけじゃなくて……」

 さっき言った事だって理由なのだが、それよりももっと侑莉の思考を占める思いがあった。

「き、らわれたく、なかった。私はこんな、だから……ずっと一緒にいたら、鬱陶しいって、思われるんじゃ、ないかって……怖かった」

 他の誰かじゃなく凌が侑莉を選んでくれた事に優越を感じる自分の醜い心を、罪悪感で包み隠す。

 罪悪感だって十分に上からの立場で物を見ている証拠だと気付けば、自分の汚さに吐き気がした。

 女性にもう二度とかけてくるなと電話越しに切り捨てた凌が、いつか自分にも同じ台詞を言うかもしれないと考えずにはおれなかった。

 臆病で、自分に自信がなくて。
 弱く、他者に依存してばかりいる侑莉だから、愛想を尽かされる日はすぐくるのではないかと。

 それがどうしても恐ろしかったのだ。
 凌と共に在る事に慣れてしまった今、切り離されるのがどうしようもなく怖かった。

 妻を失った父がどれだけ憔悴していったか目の当たりにしてきた。

 同じようにはなりたくなかった。侑莉には父のように乗り越えられそうもない。その術を持たない。

 けれど凌への想いは日毎に大きく膨らんでいくばかりで。

 だから先に自分から逃げ出したのだ。傷を負う前に。
 まだ離れる決心がつくうちに。

「なのに、出来なかった……。どんなに距離を置いても日が経っても、香坂さんといた時の事ばっかり……思い浮かんで、他の誰かがここにいるかもって、考えただけで厭で、ずっとずっと戻って来たかった、会いたかった……」

 俯いた侑莉の表情は分からなかったが、見るまでもない。

 言葉が切れ切れになるほど呼吸は乱れ、顔を覆う手から零れ落ちた雫が次々と床に落ちていっている。

 それでも侑莉は止めなかった。

「ごめんなさい……ごめんなさい、自分勝手で。でも、私はもう一度、今度こそ香坂さんの傍にいたい」

 これが言いたくて。
 拒絶されても当然だけど、どうしても諦め切れなくてここまで来たのだ。

 凌は言い終える頃には本格的に泣き出した侑莉に手を伸ばす。
 だが侑莉は避けるように体を揺らした。



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