▼page.5 **** 一通りの舞台の流れを聞かされ、衣装のサイズ合わせなどを済ませたミラは奇妙な人だかりが出来ているのに気付いた。 ユリスの花嫁と一緒にいたディーノとかいう護衛と思われる騎士と彼に群がる街の女性達だ。 ミラはそこから少し離れた石段に腰かけて、ぼんやりと眺めていた。 妙に浮かれた様子の女達に質問攻めにされているらしいディーノは、戸惑いも見せず笑顔で応対している。 よくやるよ、と双方に向けてミラは冷めた感想を心の中で呟いた。 王都からやってきた若い男は、それだけでこの田舎町の女性にとって格好の餌だ。 更に貴族で麗しい容姿とくれば飛びつくに決まっている。 先ほどまでユリスの花嫁が隣に居たから近づけなかったのだが、彼女がいなくなればこれ幸いと寄ってきたらしい。 本人は全く気付いていないようだったが、この大陸には珍しい黒髪に黒い瞳の神の遣いという存在は、ただそこに居るだけで畏敬の対象となる。実際には恐ろしい程気さくな人柄だったとしてもだ。 垣根を作る女性の足の合間を縫うように小さな黒の塊がてとてとと這い出てきたかと思うと、一直線にミラの方へと近づいてきた。 ディーノに抱き上げられていたはずの子狼が、うるさくてかなわないとでも言いたげに逃げてきたようだ。 石段に飛び乗り、ミラの隣まで来るとそのまま丸まって寝る体勢に入った。 みんなはペットの犬だと思ってまるで気にしていないこの子が、実は気高き狼族であると知ればどんな反応をするだろう。 ユリスの花嫁の髪と同じ色の毛の狼。 平和そうに眠るホズミを撫でてみようかとミラは手を近づけ、もう少しで触れるというところで止めた。 どうしてもそれ以上近づけなかった。触れるのを本能が畏れていた。 まだまだ子供だとて、彼は自分よりも高位の獣族だ。軽々しく接していい存在ではない。 寝ていたと思っていたホズミは、ちらりと目だけをミラに向けた。 黄金の瞳がひたとミラを捉える。それだけでもう動けない。 人間達はどうしてこの子をただの犬として扱えるのだろう。こんなに秘めた力のある者なのに。 獣族と違って人間は本能的危機感が乏しい。 ならばやはり自分は獣族なのだとミラは思う。どんなに姿が人間のものだったとしても、同じように生活していても。 共にあるべきは弟だと思うのに。 「あなたは……幸せね。ユリスの花嫁に拾ってもらえて」 ハルはホズミに向ける好意を惜しまない。いつもひっついて、その可愛がり方は見ていると呆れてしまいそうになるくらいだ。 重たい、とも言えるくらいの愛情を注がれていた。 狼族が絶滅に瀕しているのは知っている。人間達の獣族に対する一般的な態度は、身を持って体験している。 ホズミの今の待遇は、破格の厚遇。 幸せだろう、ミラ達姉弟が欲しくたって手に入らないものを与えられて。 羨ましい、そんな気持ちが駄々洩れな一言だった。 身体を起こしたホズミはパチリと瞬きをすると、次の瞬間には人型の男の子の姿になっちた。 フードを目深に被って、それでも金の瞳は強い意志を持ってミラを突き刺す。 ぞくりと背が粟立つ。どうしてこんな威圧的な存在を、まるで愛玩動物のように接せられるのか。 「―――――」 ホズミが何かを喋った。だが狼族の彼の言葉はただの音としてしかミラの耳には届かない。 聞かせる意志があるのかどうかも分らなかった。 言い終えたらしいホズミはミラの反応を一切無視して石段からひょいと飛び降りると、来た時同様に歩いてどこかへ行ってしまった。 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。 ミラだってホズミがこれまで何の苦労もなく育って来たなどと考えていない。 狼族に起こった惨劇は耳にした事がある。よくもあんなに小さな子が生き延びられたものだとも思う。 ミラの発言を受けてホズミが怒ったのならそれは当然だろう。 それでも、ミラにとっては羨ましい。 「あれ、ホズミ何処行きました?」 先ほどまで女性陣の輪から抜けられずにいたディーノがミラの目の前にいた。 どうやって言いくるめたか知らないが、無事解散させられたようだ。 彼女達の相手をしながらもホズミがこちらへ避難してきていたのはちゃんと把握していたらしい。 「さっきまでいたけど、あっち歩いて行っちゃった」 「そうですか」 あっち、と指差した方をディーノも目で追った。ミケのいた森のある方角だ。 意図して行ったものなのか、人目を避けた結果だったのか。 「主人に似て自由で困る」 ふぅとため息を吐いてディーノもまたホズミの行った道を歩き出した。 「え、あ……森へ行くの? あたしも」 「ミラー! 練習再開すんよー」 慌ててディーノの後を追おうとしたミラだが、呼び戻しに来た声に遮られた。 振り替えって苦笑するディーノは足を止めずそのまま森の方へと消えていった。 **** 前 | 次 戻 |