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「大丈夫ですか?」
「ご、ごめん、大丈夫です。あの、ハンナさんが怖くてその、ごめん」

 抱き着いてごめんとはさすがに言えなくて変な謝り方になった。
 真っ赤な顔見られたくないから俯く。

 するとそっと両脇に手を入れて持ち上げられ、ソファに降ろされた。
 ディーノは「何がですか?」とにっこり笑う。お、大人の対応だ。

 私の一連の挙動不審な行動を黙殺してくれた! が、しかし更に大人であるはずのソレスタさんがものっそいニタニタ笑ってくる。ダメだあの男。

「で、お互いに見張るとは」

 会話の流れを巻き戻したディーノは、無表情にソレスタさんに問い質した。

「そのままの意味よ。命を狙われてるディーノと、貞操の危機のハルちゃん。バラバラにいるより一緒にいた方がいいじゃないって事」

 未だニヤニヤを止めないソレスタさん。このオヤジめ。
 そういうとこちょっとディーノのお爺ちゃんと被る。

「特にハルちゃんなんて夜這い宣言されちゃってるものねー、これはもう同じ部屋で寝泊まりしないといけないわねー」

 何故棒読み。
 心のこもって無い事この上ないよ。

 つか今なんてった?

「寝泊まり?」
「そうよー、ディーノの部屋でもこっちでも。あ、そしたら空いた方の部屋アタシに使わせてね、あのケチ侯爵ったら部屋用意してくんないのよ。でもそうしたら、ハルちゃんが使ったベッドでアタシ寝る事になるのかしら?」

 ガン!! ガシャン!!
 ディーノが長い脚でテーブルを蹴ったせいで上に置いていたティーカップが揺れて倒れた。

 聖騎士様ご乱心!

「あんまり巫山戯が過ぎると斬りますよ」
「……ディーノ……」

 なんて極上スマイルで聖剣を構えるんですかあなた。
 ソレスタさんは全然懲りてないんだけどね。この人の肝の座り方は尋常じゃない。

「ああはいはい、じゃあアンタ達はこの部屋でアタシが隣ね。えーディーノのベッドかぁ。汗臭かったら嫌だわ」
「ソファで寝て下さい気持ち悪い」

 うん是非ともそうしてほしい。なんでかちょっと私も気持ち悪くなってきた。ソレスタさんが。

 シーツは侍女さんが新しいのに変えてくれてはいるだろうと分かっていてもね。

「ほらホズミ行くわよ」
「えっ!?」

 ソファで狼の姿で丸まっていたホズミがひょいとソレスタさんに片手で抱え上げられた。

「ホズミ連れてっちゃうの?」
「そりゃ子供がいちゃゆっくりじっくり出来ないでしょう」

 ……何を、とか聞かないからな。私は絶対聞かないんだからな。

「あら何よ、何想像したのよ? 話し合いに決まってるじゃない。いやねぇもう」
「なんも言ってないでしょうがっ!!」
 誘導されたツッコミはすまいと耐えたのに、言わなくても続けやがったよこの人。
「後は若いお二人でってね」

 くふふ! と不自然な笑い声を出してドアノブを掴む。
 そしてこちらを振り返った。

「ちょ、ちょっとソレスタさん、夜もディーノと一緒の部屋とか、冗談だよね?」
「何気にしてるのよ。ブラッドとは寝たんでしょ? デズモンドに聞いたんだから」
「わーーーーっ!!」

 デズモンドって誰だ!? あ、ディーノのお祖父ちゃんか!
 急に掘り起こされた過去の傷に思わず耳を塞いだ。
 けどすぐ傍でした囁き声は全く防いでくれなかった。

「本当にちょっとじっくり話し合う必要がありそうですね、ハル?」

 友好的に微笑んでいるはずのディーノから冷気が駄々漏れで、背筋がぞくぞくする。

 あはは、と引き攣った笑みを返しながら走って逃げようとしたんだけど、肩を掴まれて阻止された。

 軽くポンと置いているだけに見えるのに一歩も動けないんだけど、どうした私の身体。秘孔を突かれたのか!?

 気付いたらソレスタさんとホズミの姿は消えてきた。

「ディーノ落ち着こう、平和的に話を」
「だから、そう言ってるじゃないですか」

 あなたが今から行おうとしているのは話し合いじゃなく尋問でしょ!?

「あの男と寝たというのは本当ですか」
「寝たとか言わないで!! 誤解です誤解! ブラッドとは至って清い」

 焦りながら弁解しようとする私の言葉をディーノが遮った。

 両手で私の頬を包んで、顔ごと上を向けさせられる。そこには真っ直ぐ私を見下ろす朱金の瞳があった。

「俺が、ディーノ・ブラッド・ファーニヴァルです」

 確かにそうなんだろう。ソレスタさんも今はブラッドの名はディーノに返還されたと言っていた。

 けれど彼だってブラッドじゃないの。二十年以上もの間その名で生きてきたはずだ。
 あの子とかアイツでも、レイでもない。

 ディーノとブラッドの関係は特殊で、お互いに認めたくないものなのだというのは分かっている。でもブラッドという存在を否定するような事を私はしたくない。

「ディーノはディーノ。ブラッドはブラッドだよ」
 
 ディーノの手に自分のを添えて、はっきりとそう言った。
 
 


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