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「ハル」

 するりと私の頬を撫でた。驚いて彼の顔を見ると、紅の瞳が真っ直ぐこっちを見据えていた。

「な、名前」
「お前が呼べと言ったんだろ? 覚えていないのか。なら俺の名前も?」
「名前……レイ?」

 ああ、そうだ。あの花畑で二回目に会った時に。それでこの人は

「離せっ、離して! あんたディーノを……」
「暴れるな。今の今まで忘れていたくせに。どうせお前の中であいつはその程度のものなんだろう?」
「違う!」

 どんなに必死でもがいてもレイの拘束は解けなかった。コイツはディーノの敵だ。あの時見た夢を思い出せなかったのは事実だけど、レイとディーノなら私は迷わずディーノの味方だって言える。

「……別にお前の想いはどうでも構わないが、お前はあいつを消す為に召喚されたんだぞ」
「それだって! 私は、聖騎士のディーノに呼ばれて」
「ならあいつはお前に何を望んだ? 明確な意思でお前を求めたのは俺だ」

 わけが分らない。ディーノは私に何も望まない。呼んだつもりもない。私を呼んだのはやっぱりこの人なの? 魔物の増加は関係なくて、でもユリスはそんな理由で本当に人を召喚したりするの?

 私は、ディーノを消さないと元の世界に帰れない?

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、泣きたくもないのに目頭が熱くなってきた。頬に添えられていたレイの手がそっと目元を拭う。
 なんなのよ、一番コイツがわけ分らん!

 レイの胸倉を掴んで、渾身の力を込めて身体を押した。その勢いのまま起き上がって彼の上に乗っかる。
 マウントポジション取ったどー! とか言ってる場合か私。しっかりしろ。

「あんた何者? ユリスの花嫁を呼べるのは聖騎士だけでしょ? なのにどうしてディーノじゃなくあんたが私を呼べたの。なんでディーノを狙うの……」

 この世界の中で異質なのは私よりもむしろレイなんじゃないだろうか。何処にも属さず、誰からもその存在を語られる事がない。
 レイとの繋がりが見えるのは今のところディーノくらい。それすらも断ち切ろうとしている。

「あいつが聖騎士に選ばれたから俺が消す側に回った。もしも俺が選ばれていたら、あいつも俺を消そうとしただろう、絶対にな。俺等はそういう風に出来てるんだよ。だから教会もあいつが聖騎士になったと同時に俺を幽閉した」
「意味が、分かんない」
「お前が理解しようがしまいがこれは変わらん。俺とあいつはいつも片方しか表に出られない。互いに互いを否定し続けるしかない……お前を召喚できるかどうかは正直賭けだった。俺にも聖騎士になる資格があったって事だろうな」

 そう言って自嘲気味に笑うから、だから私はレイを心底拒絶出来ないんだ。誰よりも自分で自分を否定してるみたいな顔するから。
 ディーノとレイは正反対のようでちょっと似てる。

「さっきからお前は何で泣いてるんだ」

 俯いてる私から零れた涙がレイの頬に落ちて線を引いて流れた。

「レイが実に面倒くさい男だから嘆いてんのよ」
「……面倒くさいのはどっちだ」

 レイは私の腕を引いてまたベッドに転ばせると自分の肩に顔を押し付けさせた。
 乱暴な。痛いじゃないの。面倒くさい上に不器用な男ね。でも泣いてる女の子を慰めようという気持ちがあるのはちょっと見直した。

 そのなけなしの思いやりに免じて、大人しく今はくっついててやろう。
 レイが全回復したらディーノの所に行って彼を傷つけようとするんだろうか。そんなのは絶対嫌だしさせないけど、かといってレイをまたあの牢に入れたくもない。あんなの人がいて良い所じゃない。

 地下牢なんてベタベタな所に人を閉じ込めた教会に私は不信感でいっぱいだ。今度会ったらあのおっちゃんの顔面パンチしてやりたいくらい。

 か弱い女の子のパンチなんて大した威力じゃないわよ、猫の肉球押し付けられるようなもんよ。
 
 泣いたせいか頭がぼーっとする。瞼も重たくなってきた。まだレイに聞きたい事はいっぱいあったはずなのに考えがまとまらない。

「あのガキはお前が面倒見ろ」

 ガキ? ああそうだ、ホズミの事を聞きたかったんだ。レイを見上げようとしたけど両腕に抱きこまれて身動きが取れなかった。

 まあいいか、起きてからにしよう。
 襲ってきた睡魔に抗わず、私はそのまま眠りに落ちた。
 
 そして朝、私が起きるとレイは何処にもいなくなっていた。
 


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