▼page.7 空気が重たい。あって当たり前だから気に留める事はない、一切己を誇示しないものの代名詞である空気がその存在を主張している。 目に見えないし触れないのに身体にずしりとくる、これが気体の質量ですか。酸素が薄いのか若干呼吸が苦しい。 つまりこの地下は予想通りヤバい匂いがプンプンする場所でした。 「ホズミ、しんどくない?」 「外よりいい。ここ魔力多いから」 もしかして私が感じてるこの重さは魔力のせいなんだろうか。神殿の領域内は聖の気が充満していて魔を寄せ付けにくいっておっちゃんが言っていたから、ホズミにしたらこの地下の方が落ち着くんだろう。でも、その神殿の地下がこんな状態ってどういう事? これって「おやおやユリスの花嫁様こんな所におられましたか。ここを見られたからには生かして帰すわけにはいきません。死んで頂きます」的なフラグなんじゃないの? だってここ、薄暗いしお世辞にも綺麗とは言えない所だけど、通路に備え付けられている燭台には炎が灯っているし、足跡が残っていて頻繁に人が出入りしてる形跡がある。 「ねぇホズ」 「ごめんハル……」 繋いでいた手をぎゅっと握りしめてホズミは泣きそうな顔で私を見上げ、すぐに隠すように俯いてしまった。細い項(うなじ)……じゃないじゃない。 何に対しての謝りなのか。この先にボス戦が待ち構えてるとかそういう? 実はホズミは魔王の手先で私を連れてくる役目でしたとか? 「ごめんなさい、ハル、ごめん、捨てないで」 「ホズミ……」 こっちこそごめんなさい、全く話が見えないんですが! 悲壮感たっぷりに謝られても何が何やら。 「ボクあいつと約束した。ハルを連れてくるから、そしたら」 「おせぇ……」 奥からした声にホズミが身体を震えさせた。 低く静かなそれは心地よく感じそうなものなのに、ざわりと身体に纏わりつく、嫌に耳に残る声だった。 ホズミの手を放して声のした方へ走った。すぐに広い場所に出た。行き止まりで、奥は冷たい鉄格子がめぐらされていた。牢屋だ。 炎の虚ろな灯りにぼんやりと照らし出されたのは、朱に染まったプラチナブロンドだった。 「あんた……!」 鉄格子を乱暴に掴んだ。食い入るように中にいる人を見る。壁に背を預けて胡坐をかいて地べたに座る男。ボロボロの黒いローブを身に纏っている。 頬のこけた顔にぎょろりとした目、ローブから出た手も骨が浮き出ていて私の記憶にある男の姿とはかけ離れていた。 「時間をやるとは言ったが、随分と遅い着きだなぁ嫁」 「嫁言うな!」 嫁って言う方が嫁なんだからな! ってそれは違うか。 「あんた……こんな所で何やってんの?」 声が震えてしまった。相手にもそれはバレバレでクツリと嗤われた。あまりに彼の在りようが痛ましくて腹を立てられなかった。 「何も? 俺は何も出来ないからな。だからそいつにお前をここに連れてこさせた」 ゆっくりと紅い瞳が私から逸れる。後を追うように後ろを振り返ると、ホズミが泣きそうな顔のまま途方に暮れていた。 「ホズミ?」 怯えに満ちた金の瞳が私に向けられた。ごめんってこういう事? 「ホズミを使って私をここまで連れてきて、そんであんたはどうすんの」 私達は今も牢屋の外と内。私じゃ到底この鉄格子は外せない。扉の鍵だって持ってないし。 「こっから出るに決まってんだろ」 「だから、どうやって」 覚束ない動きで立ち上がった男は、ぺたりぺたりと一歩ずつ近づいてくる。その行動を私は鉄格子を握ったままぼんやりと眺めていた。 すると思いの外強い力でその手を上から握られた。鉄格子に縫いとめられる。鉄格子よりも冷たい手で。咄嗟に引こうとしたけどびくともしなかった。 「な、に」 見下ろしてくる真紅の瞳に動けなくなった。その間に彼はもう片方の手を伸ばすと鉄格子の隙間から私の頭を捕えた。 後頭部に回った手が私を前へと押す。つんのめるように鉄格子の方に寄せられた私を受け止めたのは当然元凶の男で。 「んう!?」 ぶつかるようにつけられたのは唇。 ちょおお! 男の胸を手で押して離れようとしたけど、片手じゃどうにもならない。いやたとえ両手でも無理かも。 痩せこけてひょろひょろのくせに何処にこんな力があるっていうの。 少し身体が離れた隙をついて大きく息を吸う。 「なにすんっ」 最後まで言わせてもらえなかった。またすぐ男の唇が私のを覆う。ぬるりとした感触が口腔を這った。 「んんーっ」 押して駄目なら殴ってみよう。胸に拳を何度も叩きつける。いい加減にしやがれ! 人の口の中を好き勝手に動く舌を噛んでやろうか。 そして実行に移そうとしたところでやっと男が離れた。支えが無くなってずるずると地面にしゃがみ込む。 「まぁこんなもんでいいだろ」 「……な、に、が、だぁーっ!!」 息も絶え絶えでぐったりの私と正反対でピンピンしている男。拳をもう一度ぶん回したけど軽くかわされたムカつく! 前 | 次 戻 |