▼page.1 扉を開けるとそこは不思議の国だった――。そんなどこかで読んだような小説の一節が頭の中をよぎった。 開けた。確かに開けましたけども。ただし、トイレのドアを。 「頭の整理のためにもう一度状況を確認しようじゃないの」 ぼそりと独り言を呟いて目を瞑った。 三月吉日、まだ風は肌寒く桜の蕾もまだ固く閉ざしている今日のこの日はめでたくも高校の卒業式だ。 晴れやかな気分で迎えたかったという皆の期待を嘲笑うかのように季節外れの寒波で雪などちらつく始末。 こんなに祝福されない卒業式ってあるものかしら? 手を擦り合わせながら私、葛城 悠(かつらぎ はる)は自分の吐く息が白くなるのを恨めし気に眺めた。 クラスごとに並んで体育館の外で待機。この後式の開始と共に卒業生達が厳かに入場して行くのだけれど。 「やっぱ駄目だわ。トイレ行ってくる」 「はぁ? このタイミングで!? 我慢しなよ……」 「いやいやいや無理っす。だってこれから数時間クソ寒い体育館でジッとしとかなきゃいけないんでしょ? 途中で限界迎えるくらいなら今行く!」 拳を作って力説すれば、友人は半目で私を睨みながら「好きにすれば?」と追い出すように手を振った。 先に行っとけよ等々、周囲から罵声を浴びせられながらもトイレに一目散に駆けこんだ。 そしてトイレの個室のドアを勢いよく開けるとそこは、私の知っているトイレという固定概念を一切無視した不思議空間が広がっていたのだった。 ドアの奥には何故かお花畑。ピンクやら黄色やら色とりどりの美しい花々が咲き乱れている。 体育館のトイレってどちらかというと汚いというイメージがあるし、実際この学校はそんなにきれいに掃除が出来ている方ではなかった。 だから父兄も集まるこの卒業式に合わせ、負のイメージを一掃しようとしたのか? フローラルな香りと開放感あふれる……いやいやいや、完全に方向性を間違っている! 一人ずつの個室にきちんと区切ってください! でなく 「どこまで続いてるの……?」 見渡す限り花畑。向こうのほうに洋風の建物が見える。まさかこれは最新のCG? 公費で余計なもん作ってんじゃないよ。 それにしても、そろそろ卒業式が始まっている頃だろうに、全く何も聞こえてこない。マイク越しに校長が無駄に長い祝辞を読んだりだとか、普通外まで結構音がもれてくると思うんだけど。 不安になって後ろを振り返った。……あれ? ドアが見当たらないんですけど。私の真後ろにあったはずの、ドアが。 「どーなってんのよーっ!!」 とりあえず叫んでみる。しかし返ってくるのは鳥の囀りのみ。と思いきや 「やっと来たな。ユリスの花嫁」 ………。何だこのコメントしづらい男の人は。 突然目の前に現れた男は、ハッキリ言って不審者にしか見えなかった。折角のプラチナブロンドはボサボサ。顔は整っているのかもしれないが長い前髪で半分は隠れてしまっていてよく分からない。 ゲームのキャラとかがよく着てそうな黒の長いローブを羽織っている。 ふむ、よし、一つ一つ片付けていこう。 1.ここは女子トイレだよ、お兄さん。 2.学校のセキュリティどーなんてんのよ。不審者入ってきてるぞ! セ●ムしてますか? 3.コスプレ好きなんですか? 4.嫁? さて、どれからぶつける? とりあえずこれかな。 「キャー変態! エッチ! 誰かぁここに変質者がぁっ」 「…………」 選択間違えたっぽい。お兄さんがすっごい露骨に嫌悪感を顕わにした目で見てくる。いやだってここ女子トイレ(のはず) くそう。セ●ムの方が良かったかな。それともこんないかにも中二病丸出しのキャラ成りきり屋さんにはツッコミを期待しちゃいけないのか? 初っ端でスベって出鼻を挫かれた私は心が深く傷ついて、これ以上何か話す気になれなかった。 「言いたいはそれだけか? まあいい。来い」 男は私の前に手を差し伸べた。その手ちゃんと洗いましたか? って聞いたら今度こそ怒られるんだろうな。 「どこへよ。私早く式に戻らなきゃいけないんだけど。お兄さんは先生たちに見つかる前にさっさと帰ったほうがいいんじゃない?」 「まだ事情が飲み込めてないらしいな。ここはもうお前が居た場所ではない。見て分からんか? 俺がこちらの世界にお前を呼び寄せたんだ。望みを叶えるためにな」 「はあ?」 「俺に力を貸せ。そうすれば元の世界に返してやる」 えーとえーと、集中しろ私の脳! フル回転させろ私の脳細胞!! ファイトーッ! つまりこのお兄さんの中二発言を、もし仮に実際に現象として起こっている事と過程するならば。 「ここは学校のトイレではない。どころか世界そのものが私がいた所とは違っていて、あなたの望みを叶えなきゃ元の場所には帰れないってこと?」 「そうだ」 なんかそんな設定のマンガ読んだ事あるぅぅ! なんだっけ、こういうの何ていうんだっけ? あ、そうだ。 「異世界トリップ!!」 思わず頭を掻き毟った。超オタクで腐女子な友達がいて、その子経由で色々知識を身に着けてしまった私は知っている。 知識はあってもあくまで二次元の話であって現実でそんな、異世界だなんて馬鹿らしい。しかもこれ見よがしにファンタジーな格好した人に言われたら余計に信じられないわ。 けれど実際にここはお花畑なわけで。土を踏んでる足の裏の感触も、鼻をくすぐるような花の香りも作り物とは思えない。 前 | 次 戻 |