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 犬のような魔物達の群れの中に埋もれたホズミがいるであろう箇所へディーノは直進していた。
 向かってくるものは剣で薙ぎ倒し、邪魔なものは剣圧で弾き飛ばした。
 不自然に円を描くように魔物が固まっている。みな地面の一点に顔を向けていた。

「ホズミ!」

 ディーノが聖剣を空中で一薙ぎすると、刃のように凝固した空気が魔物の方へ猛スピードで吸い込まてゆき、それに触れた物達は面白い程簡単に切り刻まれ地に伏した。

「ホズミ、大丈夫か!?」

 仰向けになって寝ころんでいたホズミは、よれよれと起き上がってディーノに頷いた。
 身体のそこら中が傷まみれになっているが深いものはないようだ。
 なんとかバリアを張って防いでいたらしい。

「……俺は治癒術は使えない。なんとかなりそうか?」

 もう一度頷くホズミの頭を優しく撫でる。
 大したものだ。無数の魔物に襲われたというのに、この小さい狼の子はしっかりと正気を保っていた。

「早くハルのところへ」

 ホズミの手を引いて歩き出そうとしたが、少年は逆にディーノをぐいと引っ張った。
 キョロキョロと周囲を見渡して、ある一点に止まる。

「兎達……?」

 狼の視線の先には花畑から走り去ろうとしていた兎の姉弟の姿があった。

 魔物達の狙いはフレイアの鏡とユリスの花嫁だ。逃げる獣族を追うものは少ない。
 が、彼らを逃がすまいと牙を立てている奴等も幾らかはいた。

 今にも魔物の刃牙が猫に届くというその瞬間、その数体の魔物の体躯は炎に包まれた。
 青白く揺らめく劫火に焼かれてけたたましい悲鳴を上げるそれらに、猫達も走る足を止めて振り返る。

 ホズミも口をあけて見入っていた。
 ディーノはその間も魔物を一掃しつつ、その炎を放った元凶に気付いていた。

「あらあらぁ、なんか後手後手?」

 全く緊張感のない口調で、悠長な足取りで歩いて近づいてくる男の顔には、また場違いな朗らかな笑みが浮かんでいた。

「聖騎士様ともあろう者がこれしきの事で手こずってちゃ話にならないわよ」

 煌めく金髪をなびかせながら優雅な登場をしたのは、言わずもがな大賢者ソレスタ。
 彼はパチンと指を鳴らすと、爆弾が引火したかのように至る所で次々と爆発が起きる。

 爆風に煽られながら、もう全く状況について行けない獣族三人は放心状態。
 ディーノは我関せずで残る魔物を切り払っていた。

「遅かったですね」
「うるさいわよ、住人を全員侯爵ん家入れんのに手間取ったの! それにしたってアンタ不甲斐ないじゃない」
「剣じゃ魔術のように一度に広範囲に攻撃出来ないんです」
「あらやだ、負け惜しみ?」

 いっそ一思いに切りつけてやろうか。そんな物騒な考えがちらりとディーノの脳裏に過る。
 出来やしないが、ソレスタの嫌味な顔を見ていたら自然と剣を握る手に力が入った。

「ブラッドッ!!」

 遠くでハルの叫び声が聞こえてきた。全員がそちらを向く。
 何が起こったのか見えないが、彼女の声からかなり切迫した状況である事は窺えた。

「ディーノ、行ってあげなさい。アンタの分までこっちはアタシが引き受けるわ」
「……すみません、三人を頼みます」
「ええ、この貸しはまた今度きっちり返してもらうわ」

 ハルちゃんと一緒にね、と片目を瞑る賢者を見ようともせずディーノはハルの元へとまた走った。
 完全に無視されたソレスタは「ちょっと! ノリ悪いわね!」と大声でぼやいたが構ってはいられない。

 ブラッドが作ったであろう光の柱は離れていても良く見えていい目印だ。
 到着してみると、光の壁の向こうにハルとブラッドがいた。

 二人共地面に座り込んでいて、ハルがブラッドに寄り添って顔を覗き込んでいる。
 何をやっているのだろう。

「ハルッ!!」

 声は壁に弾かれる事無く届いたようで、ハルが振り向いた。

「ディーノ……ディーノ!」

 ハルはディーノの姿を認めると、立ち上がろうとして失敗し、転げるようにこちらへ寄ってきた。
 壁にぺたりと手をついて今にも泣きそうな顔で見上げてくる。

「ブラッドが、ブラッドが、血吐いて」
「血?」

 ちらりと向こうで蹲る男を見れば、口の端から赤い線が流れていた。

「不甲斐ない。所詮その程度か」

 それは前にいる男に向かって吐いた言葉であり、自分に付きつけられた言葉だった。
 不甲斐ない。聖騎士だなんだと持ち上げられていながら、その力も満足に使いこなせず数が多いだけの雑魚に手間取っている。

 欲望が肥大して暴走したとはいえ、それは人間の思いだ。神の力で抑え込めないのは術者の力不足だ。
 結局、ディーノ ブラッド ファーニヴァルという人間はその程度なのだ。

「あぁ?」

 通常の三倍低く掠れた声でブラッドが短く問う。ハルの頬がひくりと震えた。
 ゆらりと立ち上がると一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと近づいてくる。

 この異常な重力に一度屈して膝をついてから、再度立ち上がるのは至難の業だとハルには分かる。
 疲弊しきって血を吐くまで身体に負担が掛かっている今の状態なら尚更だ。

 それでもブラッドは歩いてくる。ゾンビや夢遊病間者が徘徊するような足取りで。それはもう怖かった。

「ぶ、ぶら」
「だったらテメェがやってみろアアン?」
「ブラッドがヤンキーになった!」

 ぶわっと涙を目に溜めたハルは数歩後ろに下がった。

「自分なら鏡を破壊できるとか大口叩いたのはお前だろう。口先だけだったようだが」
「魔術もろくに使えない木偶が偉そうに言ってんじゃねぇよ」
「あの、二人共」
「ほら吹きよりマシだろう」
「テメェ……」

 ブラッドは血管がぶち切れそうなほど拳(こぶし)を握りしめると光の壁を感情の全てを吐き出すように叩きつけた。

 ひぃ、と手で頭を抱えたハルは聞いた。
 ブラッドが作り上げた光の円柱が、ブラッド本人の拳(けん)によって粉々に粉砕される音を。




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