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「ハルはいつでもホズミ優先ですね」

 ディーノはさっきまでの、切羽詰まったような少し苦しそうな表情はどこへやら、いつも通りの穏やかさの滲む苦笑を零した。

「まあそこは子供の特権っていうか」

 ホズミの頭をぽんぽん叩きながら私も眉を下げて笑う。
 そして何となく、殆ど無意識だったんだけど、私はホズミから手を離してそのままその向こうにいるディーノの濃紺の髪をくしゃりとかき混ぜた。

 あ、思ってたより柔らかいかも。
 その後整えるように撫でつけていると、ディーノは目を見開いて数秒私を凝視していたけど、すぐ我に返ったようで、私の手を取って恭しく自分の唇に持って行った。

「っ!」

 びっくりして手を引こうとしたけどしっかり掴まれていて無理だった。
 この人たまにお伽話の王子様かっていうような真似を平然とやってのけるから心臓に悪い。それともこれがこの国の標準なんだろうか。なんと恐ろしい。

 慎ましい日本人には刺激が強すぎます。
 
「あの男を優先されるより百倍ましですが」

 私の手をくっつけたまま喋るから唇が動く感覚が指先から伝わってくる。
 ひぃぃ! へんたい! ディーノへんたい!

 反射的に拳を握ってしまった。そんな私にディーノはクツリと喉を鳴らすように笑った。
 あ、なんかそういうのちょっとブラッドに似てるかもしれない。

「少しはこっちも見て下さいね、俺の花嫁様」
「ディーノのじゃない!」

 だからこのやり取りとか!
 珍しく楽しそうに破顔するディーノに、この人も結局のところいじめっ子属性かと泣きたくなった。

「さっきからどうしたのディーノ。キャラ崩壊しかかってんよ?」
「よく分かりませんが、俺の態度がいつもと違うという事ですか? 多分それは、あいつの話を聞いてこっちも色々と吹っ切れたせいだと思います」

 キャラ崩壊という単語はこの世界では通じなかった。現代日本語というか若者言葉だとか英単語だとかは通じない事が多いなぁ。

 若干思考が逸れつつも、彼の後半の言葉に驚きを隠せなかった。

 なんか知らんがディーノはつるっと一皮剥けたようです。忌み嫌うかのように避け続けていた半身であるブラッドと、そう長くはないとはいえ話し合いの場を設けた事が功を奏したらしい。

 良かった良かった。主催者側としては冥利に尽きます。

「本気であれを殺してしまおうかと思った時期もありましたが」

 スルーでいいのか、ここはちょっと待てと制止した方がいいのか。ぐっと息を詰めた私に気付かないのかディーノは続ける。

「あいつが居たからハルと出会えたのだと考えれば、思いとどまって正解でした」
「ディーノ」
「ああ、勘違いしないで下さい。貴女は俺が呼んだユリスの花嫁です。でもあいつが居たからこそ不完全な俺でも呼べたという事です」

 ディーノがいっぱい喋ってる……! 寡黙な人ではないんだけど、基本的にこの人との会話は私がばーっと喋って返事を貰うっていう感じだったから。

「ハルの傍に居るからですよ。だからこんなにも感情的になれる」
「ふおっ!?」

 内心を見透かされた!?
 さっきから私は驚いたらいいやら恥じらったらいいやらで、全然話せない状態のまま。

「ディーノ、ディーノの感情が大きくなるのは、私のせいじゃなくて」
「ユリスの花嫁だからでしょう? それはハルだからという事でしょう?」

 そうなんだけど、違うのよ。私自身がディーノに何かしてあげたんじゃなくて、勝手に付与された神様の力ってだけだから、私は何もしてない。

 ディーノをそうさせているのはユリスだ。
 そんな嬉しそうな顔されると後ろめたさが襲って来る。

「たまたま私にその力が宿っただけ。他の人がユリスの花嫁になってたら、ディーノはその人に心を砕いた。たまたまだよ」
「おそらくそうでしょうね。でもユリスの花嫁はハルだ。事実はこの一つだけです」

 神様から貰った力で半ば強制的に精神を揺さぶられる。
 その力を与えられた者が誰であっても関係ない。

 例えばこの世界に呼ばれたのが私じゃなく友人だったならディーノは友人に同じようにしていたのだろう。

 でも実際にはそうならず私が来た。私以外の人との仮定を考える事に意味は無い。

「……そこは嘘でも、ユリスの力は関係なく私だからだよって言うもんなんじゃないの?」

 ほらよくあるじゃん。メロドラマとかにこういうシチュエーション。
 クスクスと笑うとディーノも目元を緩めた。

「すみません、勉強不足でした」

 いつの間にか私の肩に頭を預けてホズミはすやすやと寝息を立てている。

「あいつの……ブラッドの思い通りになるのは癪ですが、策に乗ろうと思ってます」

 ホズミの寝顔を覗き込んでいたんだけど、はっと顔を上げた。
 ディーノはさっきのまま穏やかな目をしていた。

「でもディーノ……大丈夫なの?」
「俺は消えたりしません。ブラッドもです」

 彼には心を読まれっぱなしだ。私が思った事が顔に出易いせいじゃないよ。絶対に。

「俺達は今度こそ、二人で貴女の聖騎士になります」

 



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