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「ひどいミケくん私の愛を受け取ってくれないの!?」
「いらん」
「貰ってよ安くしとくから! 何ならタダであげるからーっ!!」
「ハル、なにやってるの?」
「ぎゃっ」

 心臓がぎゅっとなった。息が止まる。
 ミケくんの後ろにいたらしいホズミに私は全く気付けていなかった。なんたる不覚!
 浮気していた事がバレてしまった!

「ち、違うのよホズミ、今のは何て言うか、魔が差したっていうかほんのちょっとした出来心で。私が本当に愛してるのはホズミだけだから!」
「典型的な駄目男の言い訳だな」
「いっぺん死んだ方がいいんじゃないか」
「私男じゃないし死なないもの!」

 いや私自身も自分の言い訳の下手さに内心度胆抜かれたわよ、ブラッドに駄目って言われるくらいの下手っぷりだったよ、それは自覚してる。
 でも以前に、旦那の浮気が妻にバレた時の修羅場の、どうして私が旦那サイドなのか。

「大丈夫、ボクはハルの事信じてる」
「ホズミ……っ!」

 ひしっと小さな体を掻き抱いた。
 自分よりだいぶ年下の子に縋りつくってどうなんだろう、まあいいかホズミ可愛いし男前だししっかりしてるし仕方ない。

「連れてくるんじゃなかったか……」

 三文芝居にやれやれと溜め息を吐いたブラッドの事は無視する。
 ていうか私とホズミを一緒にしたらこうなるって分かれよ。あ、いやブラッドと三人でってあんまり無かったな。

 ブラッドって存在感が濃いからか、たまにしか会わないのにしょっちゅう遭遇してるような気になるんだよね。

 よいしょとホズミを抱き上げた。子どもの姿だと私はすぐに腕が痛くなって降ろしちゃうので、ホズミはよく心得てちゃんと狼の姿になってくれる。

「ブラッドって、今までもここに良く来てたの?」
「なんで」
「そりゃあさ、まんまじゃないの」

 遠く広がる花の絨毯、奥には山が聳え反対には町の建物が小さく見える。
 この場所はブラッドと最初に出会ったあの現実とも夢ともつかないあの花畑そのままだ。
 綺麗なところだし印象的だからすぐに分かった。

「……何度か」
「へぇ。あ、もしかしてミケくんとは前来た時から実は見知ってたとか?」
「…………」
 
 え? なに? なんで憮然とした表情で黙りこくるの?
 ミケくんも何とも言えない顔をしている。結局どうなの合ってるのそうじゃないの、どっちよ!
 はっきりしない人達ね。

 私もブラッドに負けじと眉間に皺を寄せて見上げると、奴はあろう事かぷいと顔をそらしたのだ。子どもかおのれは。
 
 それにしても、確かにこの花畑が見事だからと言ってブラッドが心に留めているっていうのは不思議なものだ。

 趣とか風情とか持ち合わせていなさそうなのに。
 意外なんだよなぁ、景色を見て動物達に気にして。まるで情緒豊かな人みたいじゃないか。
 ぶふーっ! って笑ってやりたい気分だ。

「ねぇホズミ的にはブラッドって優しいお兄さんなの?」
「ワウ」
「ですよね、鬼畜ですよね!」

 バチーンッ!!
 私が鬼畜って大声で言った瞬間頭叩(はた)かれた。

 勿論犯人はブラッド。貴様何をする!
 慌ててホズミが肩によじ登って頭をぺろぺろ舐めてくれる。ありがとう、でも髪がべとべとになりそうだ。

 因みに狼の姿の時のホズミの言葉は私の耳でもきちんと翻訳できません。何となくこういう感じの事言ってんのかなぁって読み取る程度。

「なにすんのよ、女に手を上げるなんて最低ね、この鬼畜!」
「…………」

 無言の圧力。ブラッドは背が高いから上の方からすっごいメンチ切られている。
 いい加減にしとけよ、このアマ。黙って聞いてりゃいい気になりやがって、痛い目見たいのか、ああん? とアイスニードルのような冷たく突き刺さる視線が物語っている。

 本日何度目か分らない溜め息を吐いたブラッドは、私の前に手を翳した。
 ぶわりと風が顔に当たって思わず目を閉じる。

「な、なに?」

 恐る恐る目を開けると、さっきまでと同じ仏頂面のブラッドに、心洗われるような花畑。
 だけどホズミとミケくんがいない。ちゃんと抱いていたはずのホズミが消えている。

「どういう事!?」

 まるで変わらないけれど、ここはたった今まで居た所とは違う。ブラッドが作り出した空間の狭間とやらだと直感で分かった。

「あいつ等がいたらお前がまともに話をしようとしない」
「あらまぁブラッドったら話をしようという気があったの」

 言葉数が少ないと言うか面倒がって必要最小限以下しか喋らないんだこの男。

 そんなブラッドが強引に人払いまでしたんだ、ちょいと私も気合を入れて話を聞いてやろうじゃない。




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