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「トモヨ、トモヨ! すごいよライオンの口から水でてくる!」
「ほんとだぁ、リゾートスパみたいだねー」

 りぞーとすぱとは何ぞや。我が家の庭にある池を見てはしゃぐ幼女と、傍で眺めていたわたくしが同時に首を傾げた。
 発言の主であるトモヨさんはわたくし達の様子に気付かず、ライオンをしげしげと見つめていました。
 
 はい。無事王都に戻ってきたわたくし達は最早唯一となった光の精霊を祀る教会へと赴き、そこでトモヨさんが巫女であると証明してもらったのです。
 言葉で語る必要などありませんでした。トモヨさんが教会に入るやいなや、光の精霊ウィスプが熱烈大歓迎したのですから疑い様もないですよね。
 
 精霊は己を祀る為の教会で大抵眠りに就いていて、そこで仕えている聖職者達でさえその姿を見る事は叶わない。
 そんな精霊があっさりと姿を現したかと思うと一目散にトモヨさんの元に駆け寄って抱き着き、それはもう子犬が母犬にじゃれつくような様でした。
 ウィスプがトモヨ、トモヨと懐くのを見れば誰しも彼女が巫女なのだと納得するほかありません。
 
 彼女は認められて公爵家へとやって来たのです。
 とは言いましても、本邸ではなく別邸の方ですけれどもね。こちらは巫女としての存在意義が無くなって居場所を失ったわたくしが、静かに暮らせるようにという名目で親が建てたものです。
 けれど要は、周囲にちやほやされながらも使命を全うできずすごすご帰ってきた情けない娘を外界から隠す為でしょう。
 
 別に両親が薄情だなんて思いませんし愛されていると分かっています。ただ体裁を取り繕うのは貴族社会では当然のことなので、この措置は尤もなのです。
 口さがない方々はやはりいらっしゃいますし、誹謗中傷を聞かせたくないという思いがあったのも確かでしょう。
 
 基本的には常識的で真面目な両親ですから、世界最後の巫女であり異世界からの来訪者であるトモヨさんを我が家で保護する事に対して否はありませんでした。
 むしろ、やれおもてなしをしろだ、やれ敬えだの口うるさいので別邸に引っ込んだと言いますか。
 この事に関して次期公爵たる兄はわれ関せずでした。好きにしてくれって顔に書いてありました。
 
 というわけで別邸にはわたくしとトモヨさんにウィスプ、そして時々現れるアル。それから少数の給仕の方々のみです。
 
 前回の人生ではわたくしが実際にトモヨさんと行動を共にしたのは、最初の庭園から王都に戻るまでの数日間のみ。
 王都についてからはたまにお会いする機会はありましたが、トモヨさんは王城に身を寄せていましたし、わたくしはこの別邸に引きこもっていましたし、必要最小限の情報を与えるくらいで他愛ないお喋りとなるとほぼ皆無でした。
 
 色々と話をしてみて分かったのは、トモヨさんという女性がとてもサッパリとした裏表のない性格だという事でした。
 もっとこう、私この世界のこと分かんなーい、魔族とかちょー怖ーい、みんな守ってぇーなカマトトぶった女なんじゃないかと思っていたんだけど違いました。ハーレムなんて作ってるから異性の前では、おいちょっと貴女どうしたの声のトーンとか仕草とかさっきと全然違うじゃないのっていうタイプの人かと思っていたのに、全然でした。
 
「トモヨさんの世界にあってこちらにはない言葉とかってあります?」
「なんだよその無茶振り……」

 一人だけばっちりパラソルで日光を遮っているわたくしが問うと、トモヨさんが答える前に隣にいたアルが呆れ気味に言ってくるのが先だった。
 トモヨさんは、んー? とすこし考えてから
 
「だっふんだ、とか」

 と答えた。
 わたくしとアル、そしてウィスプはきょとんとするしかない。
 
「脱糞だ?」

 スパーンッ!!
 言った途端にアルが私の後頭部を容赦なく叩いてきやがりました。
 突然の衝撃にパラソルを落としてしまったじゃないですの。
 
「いったーい!」

 頭を押さえて抗議する。だけどアルの方がわたくしよりも数倍険しい顔で睨んできました。
 
「お前は! この世界にない言葉だっつったろうがよっ!!」
「あ、そうですわね」
「自分でリクエストしときながら忘れるなド阿呆が! つーかなんて単語口にしてんだ、それでも公爵家息女か!」
「だからね、前から言っていると思うのだけれど、アルはちょっとわたくしの事を姉と敬ってはどうかと」
「だったら敬われるような姉になりやがれ!」

 なんなの? どうしてアルはこんな可愛げのない子になってしまったの?
 わたくしはただ、姉さんって呼んでほしいだけじゃない。野蛮な口調だったり阿呆とか言わない子だった時代に戻って欲しいだけじゃない。
 
 ……でも思い返してみてアルが可愛らしい弟だった時って記憶にないわ。自我が芽生えた時には既に偉そうだったような。まぁどうしましょう。アルが真実クソ生意気な弟だという事が判明してしまいました。
 
「ルルーリアさんってものすごくしっかりしたお姉さんなんだと思ってたんですけど、アルーシュさんの前だと印象が違いますね」

 くすくすと笑うトモヨさん。遠回しではあるけれど、それってわたくしが全然しっかりしてないって事かしら?
 
「それを言うならトモヨさんは、歳の割に落ち着いていますわね」
「いや、もう落ち着かなきゃいけない歳なので」
「そういえばお幾つでしたっけ?」

 多分十五のアルと二十のわたくしの間くらいだと思うのですが。
 
「二十二、です」
「ええええっ!?」

 これにはわたくしもアルも仰天です。
 二十二って、わたくしよりも年上じゃないですか! もう一度まじまじとトモヨさんの顔を観察する。
 アルもトモヨさんを凝視している。同じ思いなんでしょう。
 



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