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「今でもお前の心は憎悪で満たされているのに。今更になって家族や友人面をしてくる奴等も、真実を知りもしないで喚き散らす魔術師も、憎いのだろう。精霊がいて、いつも誰かに守られている平和ボケした光の巫女が妬ましいのだろう?」
「…………」

 ゆるゆると手を上げる。伸ばされた魔王のそれに向かって。
 そして――
 
「偽善の何が悪いっていうの!?」

 バシン――と彼の手を思い切り叩き払った。
 
「誰もかれも憎たらしいし腹の立つことばかり。吐き気のするような嫉妬だってしているわ。でもね、それだけじゃない事くらい、ちゃんとわたくしにだって分かっています! どうしようもない人達だけじゃないって……だから闇に引きずられる感情は全部押し隠して笑うのよ。まがい物の善行だろうが何だろうが、やれる事は全部やってやろうって決めたのっ。それがわたくしの、ありのままの本心ですわっ!!」

 目を閉じて耳を塞いで、自分の殻に閉じこもって、一人惨めにこの世を呪うのなんてもう真っ平なのよ。
 人が次々と魔族に殺されて、お城の中が血の海になるのをただ眺めて。込み上げてくる虚しさに笑うしかなかった、あんな人生をもう一度繰り返したくなんてありません。
 
 本来あるはずのない二回目の人生を、以前とは違ったものにしたくて積極的に周りと関わるようにすれば、それだけでわたくしを囲む小さな世界は形を変えた。
 
 予想通り鬱陶しい思いも沢山するし、今更幾ばかりかの優しさを見せられたところでと卑屈になりそうにもなる。
 
 でもそれは、今までわたくしが、わたくしの世界を閉ざしきっていたせい。
 ジェイドがいればそれだけでいいと王都を抜け出し、ジェイドを失えばもう何もいらないと、周りを拒絶してきたせい。
 
 きっと前世でだってみんなは今と同じように、手を差し伸べようとしてくれていたのでしょう。なのに気付かず、見限られたのだと思いこんだわたくしの身勝手が招いた結果に過ぎません。
 
 それに気付いたからこそ強く願うのです。今度こそは、と。
 
 偽善だろうが、誰からも顧みられなかろうが、そんなものはどうだっていい。
 だって、みんなの為だなんて言いながら、結局はわたくし自身がそうしたいという自己満足で動いているだけなのですから。
 
「ぺらぺらと今回の貴方はよく喋ってくれたけれど、わたくしはもう絶対闇堕ちなんてしませんわ!!」

 啖呵を切ったわたくしに、尚も言葉を紡ごうとしたのか口を開きかけた魔王でしたが、何かに気付いて咄嗟に後ろに退きました。
 鋭い閃光が一瞬前まで彼がいた場所を突き刺す。
 
 天から地面に斜めに刺さすように、シメオンが居た場所に正確に落ちてきたのは雷光でした。
 そして、少し遅れて同じように振って来たのは、長いローブの団服に身を包まれたランベール。
 
「…………」

 どこからともなく現れたランベールはわたくしを一瞥すると、すかさず次撃を繰り出すべくシメオンに向き直り杖を振るいました。
 寸でのところで避けた魔王は、詠唱なしで魔法陣を描く。ぐにゃりと空間が音もなく歪み亀裂が入った。
 
「させるか!」
 
 ランベールは礫のような無数の光弾シメオンへと放ち、彼の行動を阻止しようとした。
 しかし、シメオンが作った空間の亀裂の中へと消えていくのに僅かに届きませんでした。
 
 チッと舌打ちをするランベールの背を見つめ、魔王が居なくなったと分かった途端、足の力が抜けてへなへなとへたり込んでしまいました。
 
 ずっと息を止めていたような苦しさを感じて、深く深く吐き出す。
 無意識に震えて止まらない、シメオンを振り払った右手を、左手で握り込みました。
 
 時間にしてみればきっとほんの僅かだったのでしょうが、魔王と対峙しただけで体力的にも精神的にももういっぱいいっぱいです。
 
 どうにか煩く鳴り続ける鼓動を落ち着けようとしていると、わたくしの視界に美しい文様が描かれた杖が入って来ました。
 つと顔を上げると、冷え切った瞳でわたくしを見下ろすランベールがいらっしゃいました。あらそうでしたわ、すっかりこの方の存在を忘れておりました。
 
「立て」
「そう言われましても」

 立てるものならもうとっくに立ち上がっています。恥ずかしながら腰を抜かしてしまったようで、何か支えが無ければとてもじゃありませんが足に力が入らないのです。
 
 ああそうか。
 彼が杖をわたくしに向けているのは、これを使えと、そういう事ですのね。
 では有難く使わせていただくとしましょう。
 
 わし、と杖を掴んで地に突き刺し、渾身の力を振り絞って立ち上がります。あらまだ足がガクガクしますわね。この杖暫く貸していただきましょうか。
 
「さも当たり前のように僕の杖を使うな!」
「え?」
「え? じゃない! お前、今の自分の立場分かってるのか!?」
「眉目秀麗な公爵令嬢?」
「魔王を王都へ手引きした容疑が掛かってんだよっ」

 …………ああ、なるほど。
 先程のあれは、そういう風に見ようと思えば見えるのね。
 
「ただの容疑でしょう? 貴方しか見ていないのだから、貴方が違うと言って下さればそれで丸く収まる話ですわ」
「僕が、お前の思い通りに動くとでも思っているのか」
「魔術師団長ともあろう方が、私情を挟んで事実を捻じ曲げるような報告をしないと信じております」

 にこりと笑顔を作れば、ランベールは苦々しく表情を歪めました。彼は今心の中で葛藤をしているのでしょう。
 憎いわたくしを罪に問うてしまうべきか、シメオンとの関係に関する決定的証拠がないと正直に報告すべきか。
 
 悩む時点で彼にきちんと良心の呵責があるという事で、良かったと思うべきなのかしらね。
 
 ランベールが一体わたくし達のやり取りのどの辺から見ていたのか知りませんし、どのように感じたかなんて微塵も興味はございませんが、一応捕まるにしたってトモヨさんの旅立ちを無事見届けてからにして頂きたいものです。
 



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