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 透き通るように晴れ渡った青空に、くっきりとしたコントラストを作っている白い雲。
 さわさわと木々が風に揺れる音が心地よい。
 
 そんな爽やかな風景とは不釣り合いな、崩れ朽ちた神殿の瓦礫の山。どこからともなく血の匂いが未だ漂っているような、陰鬱な雰囲気を漂わせている。
 その隣に設けられた、無数の墓標。
 
 それらに、いえ、彼らに手向ける花を抱え、わたくしは一人風に煽られながらぽつりと空を見上げました。

 そろそろですわね。わたくしの足止めも限界でしょう。
 前回の人生で、魔王が現れたのってトモヨさん達が度旅に出てからどのくらい経っての事だったかしら。
 
 あの時は完全に生きる事への興味が失せていて、無気力状態でしたので時間経過が曖昧なんですよね。
 長かったような、短かったような。
 闇堕ちしてからなんて、もっと記憶がおぼろげですし。
 
 墓前に一つ一つ花を手向けながら、次はどうしましょうか、と考える。
 まだトモヨさん達を王都であ足止めすべきか、もっと他の道を模索すべきか。誰かに相談するという選択肢が無いのですから、わたくし一人で考え抜かなければなりません。そしてその選択は決して間違いは許されないのです。
 
 責任重大過ぎて胃が痛くなりそうですわ。
 
 ――じゃり
 
 土を踏む音が後ろでしました。また魔術師さんに出くわして文句でも言われてはかないません。
 やれやれ、タイミングの悪い事。
 溜め息を噛み殺しながら、心の準備をして振り返りました。
 
「……まぁ、どうしましょう」

 さすがに、そこまでの心の準備は即席では出来ませんわ。
 手に持っていた花束を、よいしょと置く。
 
「お初にお目にかかります、魔王シメオン」

 スカートの端を摘まんで腰を下げ、礼を取ります。
 今回の生では彼に会うのは今が初めてなはずです。前世では色々とお世話になりましたと言いたい所ですが、このシメオンに言ったとて無意味。
 
 わたくしが頭を下げたというのに、彼からは何の反応も返ってきません。相変わらずですわね。相変わらず血の気の失せたような顔色に、感情の欠落した無表情。
 
 何かしらの意思を持っているようには見えません。かと言って低級死霊のように自我を完全に失って、ただ人間を襲うだけの化け物とも違います。
 普通、高い魔力を持って闇堕ちした者は、ある程度の思考は残されます。
 やはり闇に引っ張られる原因のみ突出して、それ以外の事は疎かになってしまうのですけれど。
 
 この、他の誰とも違うところが魔王たる所以なのでしょうか。
 挨拶をしてから、暫く待ってみましたがシメオンはジッと見てくるばかりで、居心地が悪くなってまいりました。
 
「あの、ご用がないのならお花を供えるの、続けさせていただいてよろしいかしら? あ、それとも手伝って下さいます?」

 何分、数が多いので、一人でやっていたら日が暮れてしまうと思っていましたの。
 猫さんにでも頼もうかしらと考えたくらいでしたので、大助かりですわ。
 脇に置いていた花をもう一度持って、魔王に近づきます。
 
「はいどうぞ。まだまだたくさんありますので、頑張りましょうね」

 なんて。本当に手伝ってもらおうなんて思ってませんよ?
 ちょっと言ってみただけじゃないの。だからその、表情筋が死んだ顔で黙って見下ろすのやめて下さいな。
 
 怖いのよ。そんなのオズだけで十分よ。キャラ被りもいいところだわ。個性を大事になさい。
 いいですか。みんな違ってて、みんないいの。
 
 ……仕方ありません。もう無視しましょう。わたくしはわたくしで、好きにさせていただきます。
 そう思って一歩後ろに下がろうとした時でした。
 
 素早い動きで魔王がわたくしの腕を掴みました。花束が手から滑り落ちて地面に散らばります。
 
「いっ……た」

 容赦ない力で掴まれて顔を顰めました。
 
「どういうつもりですの、離して下さいませ」

 乱暴に腕を振り回すと、漸く手が離れました。
 もう、急になんだというの……右手にくっきり掴まれた痕が残ってしまっています。
 一体どれだけ力を込めたのかしら。女性の扱いがなって無いにも程があります。
 
「乱暴な方は女性に嫌われてしまいますわよ? あ、もしかしてそのせいで闇堕ちしたんだったりして。やめて下さいな、そんな事の為に世界を巻き込むのは」
「……お前が言えた事か」
「え?」

 返事が来るとは思っていなくて、一方的に喋って終わりにしようとしていましたのに。
 意外にも魔王が喋ったので驚きました。
 
 あんまり無口無表情なものだから、機械仕掛けの人形じゃないかって思い始めていたところでした。違いましたのね。
 
「たかだか精霊を失ったくらいで、国中を呪ったお前が言えた事か」
「なんっ! あ、貴方にだけは言われたくありませんわ! ジェイドを殺した魔族のくせに!!」
「精霊とお前だって多くの魔族を葬ってきただろう」

 淡々とした口調で反論されて言葉に詰まる。
 
「それは……魔族が人を襲うからで」
「魔族とはそういうものだ。他者を妬み、恨み、絶望した人間のなれの果て。お前にも馴染のあるものばかりじゃないのか?」

 ぎゅっと歯を食いしばりました。ダメだわ、この人と長く話していては。
 引き摺られてしまう。魔王自身には負の感情などないように見えるのに、相対している人を闇に引きずり込んでしまう。
 
 この人が闇堕ちしてから魔族に転ずる人が格段に増えたというのは、やはりこの人自身が原因でしたのね。
 
「お前が世界を恨んでも、世界はお前など見向きもしない。お前がどんなに偽善者ぶって救おうとしても、誰も顧みはしない。なのに何故捨てない? 人間はもうとっくにお前を見限っているというのに」
 
 つい、と魔王が手を差し伸べてきました。
 あの時と同じように。
 前世では何の疑問も抱かず掴んだ手を。
 
「どうして躊躇う。思うままにするといい」

 魔王は滔々と喋りながらも、その声に全く抑揚は無く、表情も一切動かない。訴えかけてくるものでは無いと頭では分かっていますのに。
 わたくしは彼の手を見つめるしか出来ません。
 


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