1、アッパーカット
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浅見の桜が散るのは早い。
散った頃に行われる入学式とはなんとも不思議な光景である。
しかし、それ以上にその入学式はとても不思議な光景だった。
男は、その様子を現実だと認識し、ひどくがっかりした。

そう、ここは地元以外でも有名な底辺校。
と、言っても成績はそれほどどん底ではないのだが、何より通っている学生が問題児なのである。

男が見渡す限り、入学生の何割かは初々しい中学出たての者がいるが、ほとんどを占める何割かは、茶髪金髪ピアス刺青のオンパレードである。
これで15歳など、考えたくも無い。



頭を抱え、男は職員室へと向かった。
そう、彼はここ、奈多高校に赴任してきたばかりの教師である。




職員室に入れば、まだ教師全員は揃っていないのか、ちらほらとしか見かけない。
なんともルーズである。それ以前に入学生より教師が揃うのが遅い時点でおかしいのだが。
男はまたため息を吐いて、ずれたメガネを直しながら自分の席に着いた。
今日は同時に着任式も行われる。
事前に知ってはいたが、彼の担当するクラスは1年3組。全4組ある中の中途半端な位置にあるらしいので、気が楽なような楽でないようなそんな気がした。


またため息を吐く。
何度俺はため息を吐いただろうか、とぼんやり考えるほどに。


「おはようございます、望月先生」


すると、突如隣からかけられる天使のような声。
はっと振り返れば、そこには隣のクラス担当の1つ上の先輩教師、波川が居た。
先日行われた教師紹介と入学式案内のようなことをしたときに知り合ったのだ。

薄い栗毛が可愛らしいふわふわとした大人の女性に、男…望月は思わず頬を緩ませる。
先ほどのため息など吹っ飛び、

「おはようございます」

と元気に挨拶した。
そうだ、この際に色々聞いておこうと切ない独身25歳の望月は波川に話しかけようとする、が。


「おはようございます望月先生!はっはっは、今朝もいい天気ですなぁ!」

「お、おはようございま…すげほげほっ、背中をそんなに叩かないでくださ…!」

1組担当の体育教師が望月の背中を思い切り叩いて挨拶に来たので、それは虚しく終わった。
そのうえ、校長教頭が現れ波川に話しかけるタイミングなど無くなる。

ああ、やっぱり俺って運がねぇなあと思ってみたりしていると朝礼が始まった。



「えー…皆さん、今年はまた骨が折れそうなのが集まったので頑張りましょう。ちゃんと胃薬は買いましたか?」


(え?開口一番ソレ?)

校長は、私はちゃんと持ってますよと軽く笑いながら胸ポケットからバファリンを取り出した。
いやそれ意味ねーし、胃薬じゃねーし、と望月は哀れな視線を送る。
それをギャグだと信じながら、骨が折れそうな人物の紹介を待った。

校長は教頭から、そのリストを受け取り読み上げ始める。


「えーと、まずは1組に3人ほど居ますが…大丈夫でしょう。2組にはちょっと厄介な…波川先生、援助交際・元麻薬保持者の相手は大丈夫ですか?」

「はい、熟知しております」

天使のような笑顔で、にっこりと返す波川教諭。
そうですか、と校長も仏のような笑顔を返した。
それはよかったと周りの教師も頷く。だが、望月1人はただただ混乱。

(え!?熟知してんの?波川先生が!?)

確かに中学生で援助交際、麻薬保持もしていると聞くけれども。
自分は大変な高校に飛ばされたのかもしれない、と望月は逃げたくなった。

しかし、彼が本格的に逃げ出したくなった言葉は、次だった。


「あ!望月先生すいません、赴任してきたばかりですが…あなたのクラスが一番厄介ですねぇ」

「はぁそうですか…ってえ!?」

「まぁ一応人数と名前だけでも把握をお願いします。いざとなったら隣の先生に助けてもらってください。えーと大体10人弱ですね…この辺牛耳ってたチーマーがまとめていまして…あと、暴力団の息子が数人と、族関係とか普通の不良とか…いっぱいです」



ぐらりと体が揺れた。
普通の不良って何だ、不良って時点で普通じゃないだろうが。何で俺ばっかりこんなめに、と望月は世界の終わりを感じる。

最後のアドバイスが、


「まあ、東條ひよりを味方につければ大丈夫でしょう、頑張ってください!その容姿を活かして!」


と、よく分からないものだった。


望月朔哉、25歳独身 数学教師。
まだ教師として未熟なのに、問題児の塊に挑まされようとしていた。


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