なんてったって1年に1度、それも地球一愛しい人の誕生日である。
叶えられる事ならなんだって叶えてやるぜ、と、
5月4日が終わる頃、腕の中で微睡む恋人に得意げに言ってやった。
眠たそうに目蓋を開け閉めして、
そうだな、と俺の金髪の手触りを確認しながら、そんな甘い仕草をしながら、
恭弥はやっぱりというか、戦え、と要求してきた。

5日、目を覚ましたら8時を過ぎたところだった。
隣で穏やかに寝息をたてる恭弥にいつにも増して愛しさを感じながら、
さて起こそうか、いやそれとも起きるまで寝かせておいてあげようか、
もどかしい葛藤を持て余してその頬を撫でていたら恭弥はぱちりと目を開けた。
寝起きの微睡む黒曜石はすぐさま俺を捕らえて、
もう当然のようにそこに映る事に未だ喜びを感じたりもする。
溢れ返る愛しさはどこまでも無尽蔵で、いつか枯れる日が来るとも思えない。
頬のてっぺんにキスをする。
恭弥は身を捩ったけれど、むしろ頬擦りするように顔を寄せてきた。


「Buon Compleanno、恭弥」

「…なんて?」

「誕生日おめでとう」

「あぁ、」


あまりにも興味無さそうな声だ。
まだ中学生なのだから、自分の誕生日くらいもっと喜べば良いのに。
どっちかって言うと本人より俺のが浮かれてる気がしてならない。


「約束、覚えてる?」


恭弥が俺を上目で見やる(たったそれだけの仕草でこの子は俺の心臓を容易く打ち抜く)。
恭弥にとって今日という日は、自分の誕生日、と言うよりも俺と戦える日なのかも知れない。


「あぁ、覚えてるさ」


引き寄せた身体を、大事に抱き締める。
恭弥は相変わらず猫かなにかの様に俺の肌に頬を擦るので、
正直嫌がってくれないとこのままベッドから出してやれなくなりそうだった。


「戦ってよ、」

「おう、戦おう」

「本気出してよ」

「もちろんさ」


恭弥は満足げに笑う。薄紅の唇が綺麗な弧を描く。
その目も眩む色合いに惹き寄せられて唇を寄せたけれど、
恭弥はするりと俺の腕から、そしてベッドから抜け出てしまった。
しゃんと背筋を伸ばして、ベッドサイドに置かれていたトンファーを手に取り、
喜々とした表情で俺を振り返り、目を細める。
…なぁ、せめて着替えてからにしねぇか。




いつも通りの学校の屋上、いつも通りの指定のベスト、
あまりにもいつも通りの恋人は、だけど昨日よりひとつ年を取った。
襟元から延びるネクタイを掴む。
反射的に恭弥はその手に向かってトンファーを振り下ろした。
まともに喰らえば罅くらい入んじゃないかって容赦無い攻撃に寸前で手を離して、一瞬力の抜けた身体に鞭を振るう。
下手に暴れれば余計に巻き付くだけなのを経験済みの恭弥は、
延びてきた鞭を左腕で受け止めた。
俺が鞭を引くのとタイミングを合わせて、右半身を振りかぶって突っ込んでくる。
すんでのところでその猛攻を避けると、
バランスを崩した恭弥は盛大に地面に転がった。
再び鞭を引く。左腕だけ変に引っ張り上げられた恭弥が俺を睨む。
今朝あれだけ綺麗な形をしていた唇も今は歪んで、
血と泥で汚れてそれはそれは痛ましい。
その痛々しい傷口を恭弥は躊躇も無く舐める。
赤く濡れた舌が皮膚の擦れたその場所を這って、痛くねぇのかと思った。油断した。
視界の端から迫ってきた右手に気付いた時には、
俺は派手に殴られて吹っ飛ばされていた。


「…あなたの本気って、そんなもんなの?」

「は、まさか」


じんじんと熱を持つ左頬に気を取られながら立ち上がる。
いつの間にか体勢を整えた恭弥は、左腕に絡まる鞭を解くとぞんざいに投げ捨てた。


「そうこなくちゃ」


じわりと滲んだ血もそのままに、恭弥はうっそりと笑った。




日もすっかり落ちた。
午前中から、昼食の数十分間以外ずっと暴れ回っていたものだから、体力も気力も限界である。
恭弥はまだやれる、と駄々をこねたが、
俺が獲物を置いて腰を下ろすと、つまらなさそうにしながらもその場に座り込んだ。
腕を組んで物陰に控えていたロマーリオが、やれやれと言った顔で屋上から出て行くのをぼんやりと見送る。
ちっとも動けなさそうな恭弥を助け起こそうと腰を上げた瞬間、
さっき脇に置いた鞭に足を取られて転倒した。


「…なにしてんの?」

「今日、1番痛かったかもしんねぇ…」


顔面から派手に突っ込んでなんともみっともない、そういった意味でも痛かった。
呆れた顔の恭弥に助け起こされる。情けない限りだ。
前歯がじんじんと痛むものだから手をやったら、上唇から出血していた。


「情けない人」


返す言葉も無く俺は黙り込むけれど、
同情の眼差しすら浮かべながら恭弥は目を細める。


「どうしようもないし」

「……」

「へなちょこだし、へたれだし」

「…ぅ、」

「すぐ泣くしね」

「いや、そんなには…」

「みっともないのもここまで揃うとすがすがしいと思うよ」

「…言い過ぎじゃねぇか?」


ざくざくと言葉のナイフが突き刺さるようだ。
俺の心臓を打ち抜く達人は愛の弓矢をナイフに持ち替えても百発百中、一撃必殺である。
いっそ楽しそうに、ばかだとか馬だとか、もうただの悪口を楽しそうに言い連ねる。


「ほら、そうやってすぐ落ち込む。言い返してごらんよ」

「…恭弥って性格悪ぃよな」

「あなたは出来が悪いけどね」

「……」


中学生に論破されて黙る情けない大人に、
今日ひとつだけ大人に近付いた危うい子供は笑いかける。
7つ年下だった彼は今日からしばらく6つ年下だ。
いつか俺など放っぽりだして飛んでいってしまいそうな彼が、
段飛ばしの勢いで大人になろうとしてるのを、嬉しいような寂しいような、曖昧な気持ちで見ている。
数分前に付けられた頬の裂傷を細い指になぞられた。


「あなたは本当、むかつくくらい可愛いね」

「…それって喜んで良いのか?」

「勝手にすれば」


恭弥が傷だらけの顔を近付けてきた。
どうした、と言うより先に唇が触れる。
血の味がする。その上真新しい傷を舌で舐められる。
思わず顔をしかめたが恭弥は構わず、彼も口の端に怪我をしてるはずなのに平然としている。
ふと、恭弥が思い出したように動きを止めた。


「オメルタ、」

「あ?」


くっついたまま喋られると傷に掠る。痛い。
だがそれよりも、恭弥の口からマフィアの言葉が出た事に首を傾げる。


「傷口を合わせる事を、オメルタって言うんだろ」

「うーんまぁ、普通指だけどな」

「じゃあ、これでファミリーだ」


恭弥が唇端の傷と、俺の上唇の傷とを合わせる。
いくら同盟とは言え他ファミリーと血の掟を交わそうなどとは、
こっちの世界では許されることじゃねぇんだぞ、なんて、
真っ当で汚い大人らしい言葉も言えないまま呆然と黒い眼を見ている。
だってままごとみたいな誓いに楽しそうにはしゃぐ子どもにそんな事を言えるわけが無い。
単に目の前の笑顔に見惚れていただけかも知れない。


「あなた昨日、叶えられる事はなんでも叶えてくれるって言ったよね」

「あぁ、言ったな」

「じゃあもうひとつ、」


良いかな、と首を傾げる。
同じ角度だけ黒い髪が揺れた。
ノーと言えるはずもなく、黙って続きを促せば、
いつも通りの涼やかな瞳で、いつも通りの少しだけ遠慮がちな手で、
あまりにもいつも通りで、だけど昨日よりひとつ大人に近付いた恋人は、
もしかしたら、昨日までは言えなかった言葉を言ったりするんだろうか。


「あなたが欲しいな」


こそりと、内緒話みたいに囁く。
一夜限りしか許されないオメルタが、永遠のものになる日は永遠に来ないけれど、
こういう時ばかりこの子は子どもらしく、なんの疑いも持たずに笑う。
今日だけ、今だけ、それすら許されない立場に俺もこの子も立っている。
愛の為ならなにもかも捨てるなんて、童話の中の王子様のあいだでは常識だけれど、
俺はそんな綺麗な世界で生きちゃいない。
薄汚れた俺でも愛してくれた恋人のわがままも叶えてやれない。
運命の人を王子様と例えるなら、俺はこの子の運命の相手なんかじゃないのかも知れない。

さてなんと答えようものかと口ごもる俺を見て、
恭弥はからかうようにくっくと笑った。
なにをしたって淀む事の無い真っ黒い目が、一瞬だけ切なそうな色をして、細められた。


「…なんてね」


そう言って、恭弥はその細い身体を離した。


「言ってみただけだよ」


なにか言わなければと口を開きかけたけれど、これは叶えられない事だろ、と恭弥が遮る。
予想に反してその表情は機嫌が良さそうだった。


「別にもう、僕のものみたいなもんだし」

「…恭弥?」

「だから代わりのお願いを聞いて」


恭弥は朝と同じように頬を寄せてきた。
痛むのが頬の傷なのか、綺麗過ぎるその表情に魅せられた心臓なのかもわからない。


「好きって言ってよ」


おもちゃをねだる子どもみたいに、長い睫毛の隙間からじぃ、と見つめられる。
ささやかな願いを囁いて、恭弥は俺の言葉を待った。
半分口癖みたいな事を要求されて、むしろ困惑した。


「好きだ」

「もっと言って」

「大好きだ、愛してるぜ、恭弥」

「もっと、」


唇が磁石にでもなったみたいに触れ合って離れない。
血が滲むのを気にする暇なんて無かった。
途切れ途切れに恭弥は囁く。
もっと、もっと愛して、と。


「…こんなプレゼントで良いのかよ」

「こんなってなにさ」

「いや、」


不機嫌そうにむくれた頬を撫でる。
可愛らしく拗ねる様子に思わず笑みをこぼすと、
恭弥は一層不本意そうに唇を尖らせた。


「…俺はお前のものにはなれねぇけどさ」


じっと見つめてくる黒い目が微かに揺れた。
唇の隙間を親指で撫でて、ついでに抵抗する様につついてくる唇を撫でて、
行き着いた傷口にもう一度キスをする。
血の誓いも良いけれど、やっぱりキスは愛を誓うものだ。


「俺の好きはお前にやるよ」

「…ふぅん、」


まぁ、もらってあげても良いよ。
言いながら、恭弥は満足げに笑ってみせた。




 ア イ ラ ヴ ュ ー ソ ー         









雲雀さん誕生日おめでとう!\(^o^)/
おまけ










120505.



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