目を閉じたままそっと 唇近づけて
触れそうな距離のまま 君を食べてしまいたい
キレイな声をもっと 聞かせてくれないか?
毒針は糸を引き どこに刺して欲しいか言って



52階建てのビルだなんて言われて、始めは高いとかそういう感想よりも、
なんで崩れないのだろうという疑問の方が先に浮かんだ。
それもももう数年前の話で、
幸いにも未だ崩れる気配の無い52階建ての高層ホテルの51階、
そこにあるジャズバーに僕は今日も仕事の為に来ていた。
まだ客の入らないこの時間、店内はしんとしていて、
反して奥の控え室からは様々な楽器の音が聴こえてくる。
控え室に入るとピアノの獄寺隼人が遅刻だ、と噛みついてきた。
しかしこれは数年間通っていた中で気付いた事なのだが、
僕は他の楽器陣と違って調律だとかそういう作業が無いので、
早く来過ぎると逆に暇で仕方が無いのだ。
ぎゃんぎゃんと喚く彼に返事をするのも面倒で聞き流していたら、
山本武がまぁまぁと宥めに来た。肩からレスポールを下げている。
そして、雲雀はボーカルだから俺らが準備してるあいだ暇じゃねぇか、そんなかりかりすんなって、と、
僕の言いたい事をまるっきり言ってしまって、な、と同意を求められて頷くしかない。
けっ、と不服そうに悪態を吐く獄寺は確かヤンキー上がりだと聞いた。納得だ。
控え室内で思い思いに過ごすメンバーたちに、そろそろ準備しろよ、と獄寺は声を掛ける。
隣に居た山本も、今日も頑張るかな、と暢気に伸びをした。

僕はこのジャズバンドでボーカルをしている。
なんとなく成り行きで始めた仕事だった。
ある日街で再会した中学時代の後輩がこのジャズバーのオーナーで、
良かったらジャズバンドで現在不在のボーカルをやってくれないかと頼まれた。
特に断る理由もなかったので二つ返事で了承した。
それから、昼間は大学に通い、週末の夜はここに来て、さして得意でもない歌を歌う生活を始めた。
日頃のストレスを大声を出す事で晴らせる様で、悪くは無かった。
だからこの仕事に対して立派なプライドがあるというわけでも無く、
ましてや好き好きに酒を煽る客たちを喜ばせようだなんて気はさらさら無い。
平気で遅刻もする。それでバンドリーダーの獄寺に注意をされる。さして悪いとも思わない。
こうしてぼんやりと過ごしている内に、つまらない人生が終わるのだろうなと感じていた。
死に急ぐ気は無いが、無駄に長く生きようと思える程、この世に魅力的なものは無かった。
惰性で生きて、わざわざ死ぬのも面倒で、
呼吸をして、酸素を吸って二酸化炭素を吐いて、
週末には大声を出して、そうこうしている内に最終的には死んでゆく。
でもそんなつまらない生涯が終わる前に、
なにか少しくらい楽しい事があっても良いのにとは思う。
多少刺激的な、いっそもう劇薬の様な、猛毒染みた出来事があったって、
きっと罰なんて当たりやしない。
その毒にやられて死んでいった方が、このまま生きていくより、ずっと良い。


「おい雲雀、出番だぜ」


獄寺に呼ばれて、うん、と返事をする。
今日はフロアにやたら外人が居た。
確か団体でイタリアからの客が来ているとかなんとか、さっき控え室で獄寺が喋っていた。
フロア全体にうざったいくらいに嗅ぎ慣れない香水の匂いがしていて軽く目眩がした。
演奏が始まったのでさすがに仕事モードに切り替える。
その時ふと見渡したフロアの奥、出入り口の辺りに、
やたら目立つ金髪が居るなぁと思った。

その彼が、まさか毒針を持っているなどとは、その時露程にも思わなかったが。









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