alive/dead
「よぉ、アンタが噂の悲哀の悪魔か?」
「そうだが」
「すっげーキレーだな、あんた」
オッドアイがカルツを見つめる。カルツにはその視線が無性に忌々しかった。
「角は真っすぐ綺麗な曲線だし、青い髪にぴったりじゃねーか」
角。毛の生えた柔かい耳ではなく、黒光りする角。
誇りではなく屈辱だ。猫から悪魔に堕ちた。
「どこがだ」
「んあ?」
「悪魔のどこに良い所がある」
妻一匹さえ守れなかった猫の惨めな、哀しむことしかできなかった猫の薄汚い、姿。醜い顛末。
「お前、そんなに悪魔が嫌いかよ?」
悪魔が嫌い。
よく分からない。悪魔を崇拝していた頃、はたして嫌いだったか。
「それとも猫が好きか? 嘘が好きな連中が」
それは違う。
否。
自分自身が嫌いなだけだ。
「憎めよ」
くっくっと、ヴェルグは酷く可笑しそうに笑った。
「俺はお前が悪魔になる原因を作った張本人だぜ?」
「な……」
言葉が出なかった。理解できない。理解したくない。だが。
予想外、ではないのかもしれない。決して予想内ではなかったけれど。
「お前、面白かったぜー。猫のくせに村に従わないし。だけどお前ってぜってー快楽の悪魔にはならなさそうだしよ」
「……なぜ」
「気に入ったんだよ、カルツ」
それだけの、理由で。
それだけの理由で壊されたのか全てを。
「これから仲良くやろうぜ。悪魔同士、な」
そう言ってカルツの肩を抱こうとする。
「さわるな!」
出たのは嫌悪の言葉。
「早速憎まれたか?」
心底嬉しそうに言う。
憎い。
ヴェルグに対する憎悪が膨れ上がる。
それでも唱えるのは呪咀ではない。
「……消えろ」
拒絶だ。
憎むことの許可を与えられて、それでも自分を守ることを優先する。
悲しみを。
哀しみを。
悲哀の悪魔は悲嘆にくれる。喪失を嘆く。
「そーそー、そうこなくちゃなぁ。新入りの悲哀の悪魔さんよ」
今度は触れることなくカルツの顔を覗き込む。
緑と銀の色違いの目がカルツを射る。
「消えろ!」
悲哀が憎悪によって塗り替えられる前に。
「じゃあ」
ヴェルグはひらひらと手を振って、闇に吸い込まれるようにして姿が隠れる。
「またな。カルツ、お前は俺のこと、絶対忘れらんないぜ?」
不吉な言葉を落として消えた。だがそれは必然だ。悪魔の身であって遭わないわけがない。
元凶か。
実感も何もない。
もともとあってないような身だからそれもまた必然か。
自嘲気味に思う。
整理のつかない心が、混迷ゆえに真実を掴み取る。不本意で不確定で不透明な真実を。
おそらく。
憎悪に身を浸そうと全てを侵されはしない。憎悪が悲哀を塗り替えないことを知っている。
鈍く輝く悲哀は身を焼き続け、神々しいまでに何もかもを跳ね返すのだ。だが同時に、悲哀に刻み込まれた憎悪を――ヴェルグを忘れることもなく。
悲哀は枷。
身に負わされた罰。
消えない。
遥か先の不可知の未来、胎内に戻るのを夢見てそして恐れながら、
生きる?
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