彼の場所


太陽がうっすらと赤くなり始めた頃、がさりと物音が聞こえた。微かな音だ。続いてこれもまた微かな金属音。おそらく、ナイフか何かを抜いたんだろう。
俺が気付いてるんだから、シキが気付かないわけがない。だけどシキは身構える素振りを見せない。
立ち止まったら、前を行くシキも止まった。着いてくる気配も止まる。
息を調える。
ナイフを抜く。
途端、それぞれに得物を構えた男が四人、飛び出してきた。
「――っ」
先頭の一人の刄をナイフで受けとめる。振動がびりびりと腕に伝わる。弱い。シキの刀を受けとめるのに比べれば遥かに温い。
力を抜くフリをするのは一瞬。相手がよろめいた隙に得物を薙払い、そのままナイフを一閃。切っ先が喉を捕らえ、喉はぱっくりと一文字に口を開ける。相手が完全に倒れるのを確認はせずに、吹き出る血飛沫を視界の端に見ながら次の敵と相対する。
振り向きざまにナイフを振るう。手応えはなく、空を掻いた。獣のように直線的に飛び掛かってくる。半身になって避ける。残った足で男の腹を思い切り蹴り上げる。ぐぅと呻いて前のめりになった。そのまま地面に倒れ伏して動かない。とりあえず放置。
次。いない。シキの方に行ったのか。
辺りを見回して、シキを見つけた。
刀を抜いていない。手を添えてさえいない。自然体で立っている。何も見ていないかのような虚ろな視線で。
「シキ!」
叫んだ声がシキに届いたかどうかは分からない。俺がシキの所に行く前に、追っ手二人がシキに斬り掛かる。
次に何が起きたのか分からなかった。
風を切る鋭い音。
そしてシキの目前で、二人が地面へとくずおれる。
「……」
シキは何も言わなかった。足元に転がる死骸をちらりと見て、すぐに興味がなさそうに目を背ける。刀を一振りして血を払い、鞘にしまった。
シキに歩み寄る。
「どうして……」
疑問を伝え終える前、背後に殺気を感じた。
「なっ――!」
ナイフを振り上げたが間に合わない。
斬られると、思った直後、響いたのは金属同士が噛み合う音。視界が太陽の赤から黒に変化した。
シキ。
シキの刀が男の体を貫いていた。さっきまで気絶していた男だ。
「……雑魚が」
ぼそりと呟いて、もう一度刀の血払いをして鞘にしまう。
「弱いな」
俺に向けて言う。
「……仕方ないだろ。アンタと比べたら誰だって弱い」
「斬られるぞ」
「結局助かったんだから、良い」
「これからの問題だ。甘さを見せるな。死を恐れないような馬鹿でないならな」
「アンタはどうなんだよ」
何の気なしにぶつけた疑問だった。
最初に俺が戦わなかったら、シキはどうしてたんだろう。
シキが刀を握ったのだろうか。俺がいなかったら?
シキは答えない。
「大体、俺一人じゃなくてアンタもいるから大丈夫だろ」
「……そうだな」
答えるまでの僅かな間が気になった。でもそれ以上聞きたくなかった。答えを聞くのが怖かった。シキの顔は決して、悲しそうではなかったから。
シキが俺に視線を向けた。コートが黒いから最初は気付かなかった。
血が付いている。
シキが最後に斬った男の返り血だろうか。

らしくない。

シキに似合うのは戦場の赤だ。激しさを伴った赤だ。こんな所の赤じゃない。逃げるために流す赤なんて絶対に違う。
「行くぞ」
俺に言ったのか、誰に言ったのか分からない。わざわざ俺に声を掛けるとは思わないから、多分、捨てるために言った言葉だ。
真っ赤な夕日を背にして言ったそれは、辿り着く先を持たずに彷徨い、ぼんやりと渦巻いて消えた。
俺は、銀の刃が散らす深紅をその背中に幻視する。そうして俺はシキについていく。



「シキ」
呼んでも応えない目の前の彼は何処にいるんだろう。彼に相応しい場所にいることを切に願う。
刀やナイフの金属音、埃や血や狂気みたいな安っぽいものに満たされた、彼が唯一彼である、あの場所。



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