Miss you, meet you.


ライハレ



 ハレルヤとスーパーに来てみた。
 料理は大体ハレルヤの担当だ。最初からきっちり分担を決めたわけではなくて、ある日ライルが作った料理を食卓に出したらハレルヤが渋い顔をしたからだ。何がいけないのかと聞いたら何もかもだというから、ハレルヤに作らせてみたらなかなか美味しかった。それ以来料理はハレルヤが主に担当しているし、買い出しも当然ハレルヤが決定権を持っている。あの日、思いつく限りのじゃがいも料理を並べたのがいけなかったんだろうか。
「もうそんな季節か」
ハレルヤの視線を追ってそちらに目線を投げれば。陳列棚に大量に積み上げられたかぼちゃがあった。
「そんな季節?」
「この時期はかぼちゃが美味いんだぜ? そんなことも知らねぇのかよ」
「じゃがいもは一年中あって困らないからな」
いつでも売っているし、もうない我が家の地下にはいつだってストックがあった。
「テメェの頭ん中には旬って概念がないのかよ」
呆れ顔のハレルヤに肩を竦めてみせる。
「ハレルヤが知ってれば困らないからな」
戦火が落ち着くと、ライルとハレルヤは二人で過ごすことも多くなっていった。不本意な妥協から大切なものを何かに渡した者同士、なんとなく、不思議と、近付いた。
「気持ち悪ィ」
ハレルヤが軽い調子で溢した。頼ってやったつもりだというのに、ハレルヤはなかなか扱いが難しい。
「何が」
「俺がテメェとずっといると思ってんのかよ」
「別に、恋人でもないし」
惚気たつもりまではなかったが、ハレルヤにはそう聞こえたらしい。恋人なんか心はすぐに離れるし、離されてしまうことだってある。家族だって、いなくなるしばらばらになる。それでも、残るものがあるからこうやってハレルヤといるわけで。
「当たり前だろ、付き合ってるわけじゃない」
「でも、俺がそう思ってるんだとハレルヤは思ったんだろ?」
ライルの言葉を「ずっと一緒」という風に理解する。ハレルヤがそういう考えをするようになったもの、悪くない。
「……うっせぇ」
「はいはい、荷物持ちは静かにしてますよっと」
何かを誤魔化す時のハレルヤの癖だ。
「じゃあこれ持て」
どさどさどさっと、ライルの持つ買い物かごに入れられた重石はかぼちゃだ。一個では満足できないのか、様々な種類のかぼちゃが次々とかごに入れられていく。
「ちょ、お前超兵だろ」
「テメェだってマイスターだろ」
色とりどり、形も様々なかぼちゃを見て、口笛でも吹き出しそうにご機嫌なハレルヤの後を荷物持ちとしてついて歩く。途中でたばこを一カートン、ぽいっとかごに入れたら睨まれたが気にしない。
「こんなにたくさん、かぼちゃばっかりどうするんだよ」
会計を終えて荷物を詰めてみれば、体積の八割方がかぼちゃだ。
「そりゃ、食うに決まってんだろ、馬鹿ライル」
「馬鹿はお前だろ。腐るって」
「……かぼちゃは保存しやすいんだぜ」
何か考えることがあったのか、ハレルヤは少し間を置いてから言った。
「へぇ」
車に乗り込む。ライルは運転席に、ハレルヤは助手席ではなく後部座席にごろりと転がった。ライルはハレルヤの足にすぎないわけだ。
「もうこんな時期なのか」
ライルは運転しながら無意識に言葉を漏らした。窓の外、花屋や雑貨屋、その他色々なところが橙に染まっている。単なるかぼちゃや、ジャック・オ・ランタンがあちこちに飾られているのだ。年末ももう近い。そもそも、ケルト人にとってはハロウィンの日が年末だ。死者の霊が帰ってきて家を訪ねる。もう家のないお化けはどうするのだろう。
「ハレルヤ、お前は霊って信じてるのか」
「神がいないのと同じことだろ」
ハレルヤはハロウィンの装飾には目もくれず、後部座席で伸ばしきれない長い足を持て余しつつごろごろして袋の中のかぼちゃを眺めていた。明日はハレルヤにどんな嫌がらせをしようか。外を歩く人がコートの前をきっちりしめ直しているのを見てぶるりと身震いした。


 翌日、十時頃にライルが目を覚ますと、キッチンは既においしそうな香りで満ちていた。
「はよ……」
目を擦りながらハレルヤの背中を追う。一通り片付いたのか、ハレルヤはエプロンを外して椅子の背もたれに引っ掛けた。
「トリック・オア・トリート」
朝一番で、とりあえず声を掛ける。朝早ければ早い程、菓子類を持っている可能性は低いにちがいない。
「んあ? あぁ」
ハレルヤはとぼけた声を出して、焦りもしなかった。失敗だ。
「はいよ」
ハレルヤは両手に大きな皿を一枚ずつ持ってライルの方に向かってきた。
「トリック・アンド・トリート、だ」
悪戯っぽい口調でハレルヤがにやりと笑う。皿には橙色のまぁるいタルトが置かれていた。
「アンド?」
「甘いの嫌いだろ」
にやにや、とハレルヤは笑った。
「こっちはかぼちゃのタルト。これはかぼちゃとチーズのタルト……」
次々に何か、甘そうな匂いを漂わせる皿が運ばれてくる。かぼちゃばっかりだ。かぼちゃ、かぼちゃ、かぼちゃ。
「……どうも」
ハレルヤの甘いもの好きはよくよく知ってはいたが、まさか自分のところに及んでくるとは思わなかった。
「んで? トリック・オア・トリート」
「俺もトリック・アンド・トリートで」
タルトにたっぷり盛られている生クリームを人差し指で掬い、ハレルヤの唇に塗りつけた。
「っ」
一瞬戸惑ったハレルヤに肉薄して、一気に唇を重ねてしまう。
「ん、ぅ……はっ、あ……」
生クリームをひとしきり舐めて、それから薄い唇を舌で割って舐め取った生クリームをハレルヤに口移しで食べさせた。ぴちゃ、と水音がする。
「――もらって、ねえぞ……っ、これは、俺が作っ……」
「俺がもらったんでね」
自分の唇の端に残った生クリームを舐め取る。甘い。
「うぜぇ」
「なんとでも? あぁ、それよりもっとしたい?」
「まじでうぜぇ」
苛々している様子のハレルヤの隣で、ハレルヤお手製のタルトを齧ってみる。ほんのり甘い。そこまで甘くない。これが慣れと愛か。
「ん、なかなか美味いな」
「味音痴に言われても嬉しくねぇし」
ぶっきらぼうに言うハレルヤの艶やかな髪を撫でると思い切り嫌がられて、手を跳ね退けられた。
 こんな場所に、みんな帰ってくれば良い。ここには繋がりみたいなものがある。



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