あざやかに、略奪


ハレルヤ誕生日おめでとう!2013
しょーもないライハレSS




「あん、もぉ、ハレルヤったら、これちょっとお酒多いんじゃない? 私を酔わせようって言うの? そんなことしたってイイことないんだからっ」
あぁもうマジでイイことねェな。常連の女に媚びた口調で言われ、あからさまに嫌そうな表情を隠さずにカウンターの中でシェイカーを振った。氷が涼しげな音を立てる。
女はピンクのカクテルの入ったグラスを傾けながら、実際はカクテルにはろくに興味がないことが見え透いている。香り高い美しい花、カサブランカの名を持つラム・カクテルも、この女が持てばけばけばしい香りにすら思えてくる。ハレルヤはいつも通りにカクテルを作った。ただの言いがかりでしかない。
「ねぇ、今日早番でしょ? 私待ってるから」
常連の客だから邪険に扱うわけにもいかないが、鬱陶しい。ここはホストクラブじゃねぇつの。出待ちされる度に雑に扱って無視して、それでも付きまとってくる。ハレルヤが不機嫌な顔をすることさえ嬉しいらしい。迷惑な話だ。そこだけが、どこかの誰かに似ている気がしなくもない。
確かに大きくて見栄えの良い胸を押し付けてきたり足を絡めてきたり。あからさまなセックスアピールもハレルヤの気をさらに滅入らせるだけだ。今日も胸の谷間を強調する服を着ている。
あーまぁ確かに胸はでけぇし、一回くらい揉んでみたいような気もしなくはねぇ。が、滅茶苦茶に犯しても文句を言わないなら、だ。こいつが泣いても喚いてもやめない。SMなんていう名前の付いた遊びじゃないものを提供してくれんなら、百歩譲って、まぁあり得る。
「ちょっと、聞いてるの?」
ヒステリックなところも嫌いだ。
「んあー? 耳には入ってきてんぜ」
他の客の分のカクテルを作り終えて手を止める。その、ごく普通の客と一言二言話しただけで、女は目を釣り上げた。
「ちょっと、同じやつちょーだい、もう一杯」
またか。味も中身もなんだって良いのだろう。本当に、ラムだらけにして煽って一息に飲ませて酒に呑ませてやりたい気分だ。
ハレルヤの不機嫌を読み取ったのか、少し離れたところに立っているマスターがぎろりと睨み付けてきた。グラスを握り潰すかと思った。もう少しで仕事も終わりだ。深呼吸してどうにかやり過ごす。
「俺にも一杯くれよ、いつものやつ」
いつの間にか、女の席から一つ離れたカウンター席に男が座っていた。帽子を被ってサングラスを掛けている。ハレルヤをさらに苛立たせる声。気付かなかったのは不覚だった。
ち、と舌打ちしたのが届いたのか、男はにやりと笑った。
「喉渇いてんだ、早くしてくれ」
「だったらその辺のギネスでも飲んどけ」
「俺はお前の作ったやつが飲みたいんだ」
「テキーラ100%にしてやろうか? 一気飲みして急性アルコール中毒で死ね」
言いながら、目についた瓶を掴んだ。ドライジンをだばだばと注いでライムジュースを少し入れてざっくりシェークする。グラスに注いで、氷は入れない。
「ギムレットか、また定番だな」
「文句あんならミルクでも飲んで寝ちまえ、ライル」
「まさか」
帽子を脱いでサングラスをはずすと、栗色の癖っ毛と緑の瞳が現れた。
「あ! ライルさん!」
不満、という字を顔に書いていた女は、ライルを見るなり甲高い声を上げた。
「あれ、俺のこと知ってるの」
ライルはハレルヤからグラスを受け取りながら女の方に顔を向けた。一瞬、明らかにわざと、女にはばれないような位置でハレルヤの指に触れていく。
「最近時々、ヘルプでカウンター入ってますよね?」
「君みたいな可愛い子に見られてるなんて恥ずかしいな」
女が、きゃ、と声にならない悲鳴を上げた気がした。うぜぇ。どっちも果てしなくうぜぇ。
「その、ライルさんてすごく綺麗だから……」
ライルの白い肌は薄暗いバーの中では目立つ。カウンターの中でシェイカーを使うライルを見る視線が多いことは知っていた。何より、ハレルヤよりも愛想が良い。突き放しても突き放してもひっついてくるようなヤツは稀だ。そういえば、この女がいるときには俺とこいつが一緒にカウンターに立ったことはなかったか。
「あ、の……ライルさんのも飲んでみたいな、なんて……」
女は空のグラスをそわそわと弄っている。
「悪いね、今日は俺は仕事じゃないもんで」
そう言いながら、ライルは度数の高いカクテルを飲み干した。立ち上がるとコートを脱いで腕捲りをしつつカウンターの中に入ってくる。マスターはなにも言わない。ライルの人気を知っているからだ。
ハレルヤがこの店に来てから女性客が増えたらしい。ライルが来るようになって、さらに増えたらしい。そういうことだ。
黒いエプロンが嫌みなくらい似合う。ライルに、目の前に座っている女だけではなく色んなところからの視線が集まっているのがわかる。
「何さらに不機嫌になってんだよ」
つん、と人差し指で頬をつつかれてそっぽを向いた。
「知るか」
ライルは手早く材料を揃えていく。アップルブランデー、ベネディクティン、レモンジュースにキュラソーを入れてシェーク。シェイカーを振るところが様になるのがまた腹立たしい。足の長い椅子に座ってぼんやり眺めていた。出来あがったのはオレンジ色のカクテルだ。
「どうぞ」
 ライルがグラスを差し出した相手は、女ではなかった。
「……んだよ」
「仕事でお疲れのハレルヤに差し入れ」
 ちゅ。頬にやわらかい感触。
「……はぁっ?」
 一瞬硬直する。直後に上がった黄色い悲鳴でハレルヤは我に返った。きゃああ、というざわめきに店が満たされた。ちらりと横目で見るとマスターは満足そうな顔をしていた。
 つまるところ。この店の一つの売りだった。店の中に居る女が顔を赤くしている。見世物にされている気分だ。違う、見せものだ。
「ふっざけんな!」
 差し出されたカクテルを一気に飲み干す。甘酸っぱい。ブランデーの豊かな香りが鼻腔にまで広がった。
「そのカクテル、名前知ってる?」
 さりげなく腰に手を回されて、さりげなくなく引き寄せられる。また、女が耳に痛い声を出す。ハレルヤにつきまとっていた女も同じだ。
「なんでも、いいだろっ、そんなの」
 腕の中から逃れようと躍起になればなるほど、ライルの拘束が強くなっていく。気付けば、抱き締められているような状態になっていた。
「ハネムーン」
「……」
 沈黙以外にどうすれば良かったのか。
「というわけで、マスター、今日はこいつの身体はもうあいたよな?」
 時計が丁度22時を指している。こくり、マスターが無言で頷いた。
「ってわけだから」
 ぐい、と腕を引かれてスタッフオンリーと書かれたドアの中へと連れて行かれた。喧騒から逃げられたことにだけは、感謝しておかなくもない。


「ったく、もっと上手く抜けろよ」
「てめぇみたいにぺらぺら無駄に喋る口は持ってないもんで。つか、あれで嫌われないとかどういうことだよ」
「そういうところが良いんだろ」
 ちゅ、ともう一度、キス。今度は唇、だった。予想していなかったタイミングで逃げられなかった。
「ハッピーバースデー、ハレルヤ」
「ああどうも形式的な祝福に感謝しまくりだ」
「もっと祝福してやるよ、形式的に」
 悪戯っぽい顔が近付いてくる。もう一度、唇を塞がれた。
「ん、ぅむ……っ、ぷはっ」
 今度は舌が入り込んできて、勝手に声が上擦る。舌の裏のやわらかいところを舌先で擽られて、ライルの肩をぎゅっと握った。
「……っ、確かに形式的だな」
「欲しいものとかあるのか?」
「別に」
「なら問題ないな」
 がん、と頭突きした。同時に脛を蹴ってやる。ライルが床に座り込んだ。
「ありまくりだここでヤんな」
「あぁはいはい、続きはホテルで、な」
 一体どんな特殊嗜好をこらしたホテルが予約されてるんだか。
 コートを着込む。マフラーを首に巻き付ける。ライルと並んで店を出た。

 くだらねぇ女と過ごさなくて良くなっただけで、良い日だ。
 ……こいつに祝われたからじゃ、ねーし。



|


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -