一人と二人


アレニル。少し暗め






「お前は俺が守る」
「僕が貴方を守るんです」
ベッドの中、肌に直接シーツを掛けただけの二人はお互いの顔をじぃっと見つめ、それから同時に吹き出した。
「ははっ、埒があかねぇな、これじゃ」
「でも笑い事じゃない」
アレルヤは一気に表情を引き締める。
「僕たちは世界を相手に戦ってる」
「そうだな」
ぎゅう、としがみ付き、ニールの首筋に鼻先を埋める。こうしていると剥き出しの素肌から伝わる目の前の暖かさに流されそうになる。過酷な現実を忘れそうになる。罪に満ちた過去と今を忘れてしまいたくなる。
「皆を、貴方を、失いたくないんです」
仲間の生を願う。たった一人の命を祈る。他の沢山を傷付けながら、世界に平和を。
「どの命も同じ命だって、重さに違いはないって、わかってるのに、順位を付けてしまうんですよ」
「……アレルヤ」
情けないですね、と空笑う。ニールの背中に回した手に力を込める。嘲りながら、心の中では人間なんてそんなものだ、と逃げようとする。挙句、目の前の体温に救いを求める。
「それでもお前は、俺は、世界のために」
「僕の命と世界なら、世界を選べる自信があります」
「それなら……」
「でも」
言いかけたニールを遮る。
「貴方の命と世界を比べる時、世界を選ぶ自信がないんです」
ティエリアにはマイスター失格って言われちゃいますね。冗談めかして言いながら、強く強く抱きしめる。目の前の優しさに縋りつく。ニールだって悩んでいないわけがないのに、気持ちをぶつけて、助けてもらおうとする。
「お前は優しいからな」
背中をゆるゆると手が往復する。撫でられる。宥められる。
「優しいんじゃない。弱いんですよ」
「アレルヤ」
窘める声がアレルヤを諌める。ぐい、と胸を押す手によってぴったりとくっついていた身体が離れてしまう。肌が触れ合わない。体温が遠ざかる。抱いてよ。寂しい。ねぇ……怖い。
翡翠の瞳がアレルヤを見つめる。まっすぐで透明で、逃げられない。たくさんの汚いものを目にしてきたはずなのに、綺麗な目だ。寂しげで綺麗な目だ。
「俺だって怖いんだぜ?」
お前を失うことが。お前を選ぶことが。言外に含まれた言葉が痛いほど伝わってくる。
「……ごめんなさい、八つ当たりでしたね」
「謝る事じゃねぇよ」
実際の大きさよりも大きく感じられる手がアレルヤの髪をくしゃくしゃと撫でてくれる。こうされることを望んでいた。自嘲して、八つ当たりして、謝って見せればこうしてくれるってわかっていて、やった。それをきっと、ニールは見通している。見通した上でその通りにしてくれるのだ。
ニールだって若い。アレルヤよりは年上と言ったって、そういくつも変わるわけではない。それなのにこんなにもアレルヤや皆を包み込んでくれる。それだけの覚悟がニールにはある。矛盾に悩みながら、それでも貫こうとする強さがある。その覚悟はどこに由来しているのだろう。アレルヤは何も知らない。
「怖いんです」
その強い覚悟が貴方を連れ去ってしまうんじゃないかって。僕には手の届かないところに行ってしまうんじゃないかって。
言葉には出さない。出せない。出せるわけがない。
「大好きです、ニール」
「俺も好きだよ、アレルヤ」
優しい響きに泣きたくなる。泣いたらまた困らせてしまうから泣けないけれど。
「……どこにも行かないでくださいね?」
「何言ってんだよ? 俺たちはソレスタルビーイング。家族みたいなもんだろ? ここが、お前の腕の中が帰る場所だ」
「でも……」
なおも言い募るなんて子供染みている。言葉をもらったって真実とは限らないのに、それでも確かな言葉を欲しがるのだ。
「俺は欲張りだからな。アレルヤも平和も手に入れて見せるさ。お前だってそうだろ?」
「僕は貴方ほど強くない」
「そんなことねぇだろ」
さらりと背中を撫でられる。素肌が触れ合う。皮膚が邪魔。溶けてしまえたらいいのに。アレルヤとニールがばらばらになれないように一つになってしまえたらいい、なんて、馬鹿げた考えだ。アレルヤとハレルヤは一つの容れ物に入っていて、それでもまだ足らない。
「向き合って考えてんだから十分だ」
ちゅ、と唇を啄まれる。真っ白な肌に浮き上がるような血の色を宿した唇は柔らかくアレルヤを宥める。
「十分すぎる。いつも考えてばっかだったら動けなくなっちまうだろ、この馬鹿」
むぎゅ、と頬をつねられた。
「……いたいれす、ニール」
アレルヤが素直に反応するとははっ、とニールが楽しげに笑った。
「その調子だよ、アレルヤ」
「どういう意味ですか」
不服に唇を尖らせると、その唇をはむはむと食まれる。
「本能に忠実にってことだ」
程よく引き締まったニールの足がアレルヤに絡んでくる。
「ねぇ、ニール」
戯れるようにこつりと額をぶつけて鼻先を擦り合わせながら囁く。二つの目と一つの目が見つめ合って探り合う。染み込んでいくような視線に背筋をぞくぞくとしたものが走る。
「繋がりたい」
吐息混じりに言うとニールはにこりと笑った。その様子に壮絶な色気が立ち昇る。悩ましい顔というのはいつでも艶っぽい。
「俺も同じ。むらむらしてきたトコ」
ニールがキスを仕掛けてくる。唇を啄まれた。触れ合うだけの口付けに心地好さともどかしさを感じてうっすらと口を開くとぬらりとした舌がアレルヤの唇を舐める。唇を割り開き口内に入ってきた舌をやわやわと噛むとびくんとニールが肩を震わせた。
「あ、ふ……ぅ」
鼻に抜ける甘やかな声が耳を打ち、腰がずくりと重くなる。それに気付いたのか、ニールの指がアレルヤの雄に絡んできた。柔らかく下から上へと扱かれれば快感がぞくぞくと背中を走る。いつもの焦らすような愛撫ではなく感じるところを的確に刺激する性急なものだ。
たまらず口内の舌をちゅうちゅう吸い上げると閉じているニールの瞼がふるりと震えた。
「んんっ!? あ、ん……」
ぎゅっと強く肩を掴まれる。ぐい、と押されて名残惜しく唇を離すと、情欲が滲んでとろりと蕩けた瞳に迎えられてどくんと心臓が跳ねた。
「早、くしろって……」
ニールがもぞもぞと腰を動かす。ぬめり始めた先端が腿に擦り付けられた。
「キスだけで感じちゃったんですか?」
少し驚いて尋ねると、翡翠の瞳が真ん丸になった。それからすぐに伏せられてしまって目が見えなくなる。代わりに、ニールの睫毛がとても長いことに気付いた。かあっ、と一気に朱をさしたようになった白い頬に口付ける。待ちきれないのは二人とも同じ。同じ気持ちが嬉しいのは、違うから。
返事は返ってこず、代わりにやわやわと陰茎を握られる。はぁ、と思わず漏らした熱い息にニールが震えた。敏感な反応が愛しい。
もっと焦らして色んな反応を見てみたい。
そう思った矢先、ニールが自分の指をぱくりと口に含んだ。狭いベッドの上、目の前にある煽情的な光景に目を見はった。
「ちょ、ニールっ?」
咄嗟に手首を掴んで引っ張る。それでも離そうとはせず、ニールはアレルヤに見せ付けるように自分の指を舐めている。時折覗く健康的な白い歯とぬらりと淫靡な赤い舌の対比が妙に色っぽい。ぬちゃぬちゃと響く水音に堪え切れずに目を逸らすと、くすりと笑い声が聞こえた。視線を戻すと、視界に入ったのは唾液に塗れてべとべとな白い手と、艶やかに光る紅の唇。引いた唾液の糸を長い舌が絡め取り、唇を拭った。悪戯っ子みたいな笑みを浮かべた瞳がじいっとアレルヤを見ている。
「お前の、熱くなったぜ?」
「あっ……」
疼く中心を一撫でされて身体が跳ね、気恥ずかしくて目を伏せると瞼に口付けられた。
「見てろよ」
しとどに濡れた指がシーツの中へ消えていく。次の瞬間、ニールの眉が苦しげに寄せられた。
「ん……っつぅ……」
「なっ……」
シーツに隠れていて見ることは出来ない。ただ、わかる。白い肩をぎゅうと抱き込んだ。
「何で、自分で……」
「だ、って、お前、が……なかなかしてくんねぇ、から……あぁっ」
腰が跳ねて熱い陰茎がアレルヤに押しつけられた。ぬるつくそれが腹筋辺りを滑り、アレルヤのどくどく脈打つそれと触れ合う。
はっとして抱き締める力を弱めて身体を少し離すと、口を半ば開いてはくはくと荒い息を繰り返している顔が間近にある。口の端から溢れた唾液がねとりと頬を伝って枕に染みを作った。シーツの中から微かに漏れ聞こえてくるぬちょぬちょというくぐもった水音にアレルヤは喉を鳴らした。
アレルヤ自身をいつも受け入れるニールのそこ。狭いそこをニールの綺麗な指が暴いている。熱く柔らかい襞を押し分けて指が侵入していく。にゅくにゅくと入り込んだ指が中を解していく。先走りが幹を伝い、後孔や指までをぐっしょりと濡らす。
想像するだけで身体が熱くなっていく。見てみたい。シーツを剥ごうとしたアレルヤの手をニールが止めた。
「だめ、だ……く、っぅん、ふ……あ……」
やんわり止めたニールが身を捩る。見えない所で大胆に動いているのだろう。指先が前立腺を掠めたんだろうか。ぎゅ、と目を閉じたニールの目尻から涙が溢れる。堪らずそれを残さず吸い取る。きゅうきゅうと指を締め付けているに違いない。
前が痛いほどに張り詰めている。感じたい。想像ではなく、直に熱さを感じたい。ニールの中にたくさん注ぎたい。硬くなった自身をニールのそれに擦り付ける。
「ひゃあ、ん……あれ、るやぁ……」
ニールが仰け反る。晒された喉がしなやかな曲線を作る。そこにはむりと甘く噛み付き、ちゅうと強く吸い上げて紅い跡を残した。
「やぁ、だめ……見られっ……」
「見られなければいいでしょう? 着替えの時だって、貴方は無防備過ぎる」
吐息混じりに告げて内腿を撫で上げる。くちゅ、と湿った音がした。ひくひくと誘うように蠢く後ろ口が先端にあてがわれた。どちらからともなく腰を進めていく。昨夜も挿入をしたそこはしっかりと溶けていてぬぷり、と先端を飲み込んでいく。
「あ、あ……ん、ふぅ……」
「……ッ」
亀頭をすっかり埋めてしまうと予想通りきゅうきゅうと締め付けてくる内壁にぞわぞわと絶え間なく快感が押し寄せ、達しそうになるのを何とか堪える。あとは容易い。亀頭がぬぷぷと襞を暴き、幹を埋めていく。熱い塊が前立腺のしこりを擦り上げるとニールの腰が逃げそうになった。腰に手を回してそれを押し留め、一気に突き上げる。
「やあぁぁっ」
一際高い嬌声と共に背を弓なりに反らしたニールの壮絶な色気にくらくらする。じっとりと汗ばんだ肌と肌がよく馴染む。
粘膜同士が擦れ合い、熱を交換する。隔たっているから感じられるのだ。ぬちゅぬちゅ。卑猥な音に互いに煽られていく。
「あ、れるや、アレルヤ……ッ」
切羽詰まった声がすぐそこまで来ている絶頂を訴える。
「出し、ますよ……?」
擦れた声で囁くと、ニールは唾液と汗と涙に塗れたぐちょぐちょの顔でこくこくと頷いた。
「ニール、好きっ……」
「中、にいっぱい、熱い、のっ……ひぁああ、んっ」
ぱん、と腰を打ち付けて吐精したのと、ニールがびくびくっと震えて勢い良く白濁を吐き出したのがほぼ同じ。自身にみっちりと絡み付いて蠢く襞に最後の一滴まで搾り取られる。
「愛して、ます。好きです、ニール……大好き……」
ぎゅうとしがみついてきつい締め付けに耐える。びくんと震え、荒く浅い息を繰り返すニールの肩まで抱き込んで逃がさない。
「愛してるぜ、アレルヤ……」
ほぅ、と湿っぽい息が肩に掛かった。ゆっくりと身体を離す。うっとりと幸せそうなニールの額にキスした。情欲の火が薄くなり穏やかになった瞳を覗き込む。微笑みを交わしてからアレルヤは軽く首を傾げ、シーツの上からニールの腰のラインを手のひらでなぞった。ぴく、とニールの身体が強ばるのに気付いて苦笑し、触れるだけの口付けをする。耳に唇を寄せて熱っぽく囁いた。
「今度は、貴方が自分でしてるところを見せてくださいね?」
「はぁっ!? ったく、今言うことかよ、バカアレルヤ……」
ニールがくすくすと笑う。
逃げたんだ。今度も逃げる。
でも逃げない時もちゃんとあるから。
ぴん、っと額を指で弾かれて困ったように笑った。



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