エイプリルフール


ニルティエ前提ライティエ






朝。
「兄さん、生きてるって」
ロックオン・ストラトスの馬鹿げた一言でその日は始まった。
絶句する。
「そう言ったら、どうする?」
背後から覗き込まれ、ティエリアは勢いよく振り返った。切り揃えられた紫の髪が空を切る。
ぱん、と乾いた音が廊下に響く。ティエリアの手のひらがロックオンの頬を打っていた。
「……性質の悪い冗談はやめていただきたい」
「いってー」
ロックオンは左の頬を撫でた。赤くなり、熱を持っている。
「厳しいねぇ。今日が何の日かくらい知ってるだろ」
「どういう日であろうとも同じだ。遊んでいる暇はない」
ティエリアはロックオンを残し、歩を進めた。
「嘘じゃねぇよ」
ロックオンの声がティエリアを追いかけてくる。
「兄さんは生きてるだろ、ここに、お前に」
絡み付いてくる声を、未練を、断ち切ることが出来ない。すっぱりと切り捨てることはできず、返答してしまう。
「彼は既にここにはいない。それだけだ」
そう。彼はもう、永遠に、僕を抱きしめてくれはしない。それだけだ。
それだけなのだ。
彼がいなくなった。
それだけのことに、僕は心をこんなにも乱される。
自分が放った言葉が胸を刺し、むなしく通り過ぎた。



心が煩い。
苛立つ気持ちをぶつける場所を見つけられない。
気を紛らわせようとセラヴィーに向かう。整備にでも没頭すれば、或いは。
コンソールパネルに指を走らせる。指の速度に追いついてこず、一瞬遅れて動作することが忌々しい。
「どうした、ティエリア」
イアンがアリオスの影から姿を現した。
「今日はまた、一段と不機嫌そうだな」
「特に何もない」
答えた言葉には刺があった。イアンに八つ当たりするつもりはなかったのだが。
「お前さんは生真面目だからなぁ。誰かに騙されたか?」
「騙される?」
厳密に言えば騙されたのとは少し違うが、事実に近いことを言い当てられたことに驚く。
「今日はエイプリルフールだからな。誰かの冗談でも真に受けたんじゃないのか」
「エイプリルフール……そうか」
「おぉ? 図星か? 誰だ? ミレイナか? フェルトはやりそうにないが……まさか刹那か? 流石にないか」
エイプリルフール。
人間の奇妙なならわしだ。興味がないから記憶していなかった。
嘘を吐いて何が楽しいのだろう……特に、不快な嘘など。エイプリルフールだとわかったところで彼の意図に思い当たることはない。
「ロックオン・ストラトス」
「あ?」
「つまらない冗談だった」
「なんだ、ロックオンか。あいつなら冗談の一つや二つ……」
イアンは語尾を濁した。イアンの言う「あいつ」は誰のことを指しているのだろう。

日が暮れる時間までティエリアはセラヴィーに没頭し、部屋に戻った。
宇宙では日暮れがわからない。時間感覚が狂っていく。
四年前がつい最近のことに思われる。時には遠く思われる。
彼が傍にいた日が。
何もすることがなくて、結局考えに捕われる。四年の間に割り切ったはずだった。割り切ったのだ。
「ロックオン」が現れなければそういられたのに、彼のせいで。

ふと、ごそごそという音が聞こえた。部屋の前だ。
音源を確認するために立ち上がり、ドアを開ける。
誰もいない。
ドアを操作するパネルの部分に何かが挟まっているのを見つけた。封筒だ。
不審に思いながらも指で摘み、部屋に戻る。
薄い薄い緑色の封筒。そこから僅かにする香水の匂いにはっとして、端を破く。
ひらりと一枚だけ、紙が入っていた。香水の薫りが強くなる。
四年前、彼がいつも付けていた香水の薫り。
胸が熱い。奥から込み上げてきたものが、瞳から溢れる。涙が一粒、便箋には落ちた。
書いてあるのは一言だけ。

「 悪かった 」

差出人の名前はない。
便箋を封筒に戻し、薫りを閉じ込める。ティエリアは封筒を強く抱き締めてから、ポケットにしまった。




夕食時。
ティエリアは食堂へ向かった。メンバーで賑わっている。あちこちで笑い声がする。ロックオンの姿はない。一人で席につく。トレイを置いた。
「アーデさん」
隣に立ったのはミレイナだった。
「なんだ」
ミレイナはにっこりとティエリアに笑いかけた。
「彼氏さんができたですぅ」
「そうか」
ティエリアは軽く相槌だけうち、食事を続ける。
「もうっ、エイプリルフールが通じないですぅ」
ミレイナはぷぅと頬を膨らませて、別な人の所へ駈けていく。
通りかかったフェルトがくすりと笑った。
「どうかしたか?」
「うぅん。ティエリアは? 誰かに嘘、ついた?」
「そういう趣味はない」
フェルトは首を傾げた。
「一年に一回だし、ティエリアもたまには遊んでみたら?」
それだけ言うとフェルトは去っていった。


食事を終えて部屋に戻ろうとし、ポケットの手紙を思い出す。
ティエリアはロックオンの部屋に行き、ドアの前に立った。
「話がしたい」
呼び掛けると少しだけ間があって、ドアが開いた。
「何の用だ」
ロックオンが姿を現す。
「あの香水」
「ん?」
「手紙、あなたでしょう?」
「何のことだ」
ティエリアの言葉に、ロックオンは宙を仰いだ。
「お、そうだ。丁度いい。ちょっと待ってろよ」
ロックオンは部屋に戻ると、小さなガラスのボトルを持ってきた。
「これ、いるか? 俺は使わないから」
「これは……」
「なんか部屋に置いてあったんだよ。誰の使い掛けか知らないけどさ」
香水だ。漏れてくるのは便箋と同じ香り。彼の香り。
「気に入ったか?」
「……ありがとう」
ティエリアはぽつりと言った。
ロックオンが大げさに肩を竦める。
「ティエリアに感謝される日が来るとは思わなかったぜ。んじゃな」
「ロックオン」
ロックオンがドアを閉めようとしたのを呼び止める。ロックオンを見つめると、言った。

「あなたが、好きだ」

ぽかんと口を開けたまま、ロックオンの動きが止まった。一瞬だけ沈黙があり、けらけらと笑った。
「エイプリルフールかよ?」
「どうだろうな」
ティエリアもぎこちない笑みを見せると、ロックオンに背を向けた。
「どうって……おい。冗談なんだろ?」
慌てふためくロックオンを放置して歩き去る。


あたたかい。



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