倒れる場所


ニルティエ
ナドレを晒したあたり






俺はなぜいる?
僕は生きている?
私は…なぜ生きている?


ヴェーダの作戦を歪めた。その僕は、歪んでいないというのか?
ヴェーダとのリンクこそが俺であり、ヴェーダの作戦の遂行体現が僕であり、私。
その僕は歪まずに、マイスターで在り得る……?



ティエリアは自室の壁を叩いた。頑丈な壁はぴくりともせず、そのことに却って苛立つ。
「っ……」
いつもは何も感じない部屋が牢獄のようだ。窓がない。私物がない。
壁を殴る。殴る。
何も起きない。握り締めた拳が痛い。壁に押しつけた手がずるずると下がる。そのまましゃがみこんだ。
膝を抱える。膝に額を付け、壁を向いて丸まる。

他に何ができる?

背後でドアが開いた。ロックを掛け忘れていた。
「勝手に、入ってくるな」
「じゃあちゃんと締めとけよ」

ロックオン。

衣擦れの音がする。鍵を掛けているようだ。
「出ていってくれ」
「放っとけるかってんだ」
近付いてくる体温がある。頬の辺りでたゆたう髪が僅かに揺れた。
「触るな!」
俯いたまま髪に触れた手を払う。ぱちんと、乾いた音がした。
「そりゃあねぇだろ」
ロックオンが、逆にティエリアの手を掴んだ。
「何を……!」
「あーあぁ、こんなに赤くして」
赤みがかって腫れ、うっすら熱を持つ手が撫でられた。冷たい。大きなロックオンの手。
「俺は、僕は……」
「落ち着け」
ロックオンの掌がティエリアの背中をそっと撫でる。ティエリアの背中はあまりに細く、今は、頼りない。
「私はっ!」
「落ち着け」
ティエリアは背後から抱き竦められた。
あたたかい。
「っ、ロックオン……」
「大丈夫だ」
「大丈夫なわけが……」
「大丈夫だ」
柔かい声に、思わず涙が一筋頬を伝う。さっき、コックピットで終わりにしたはずの涙が再び溢れる。
「だって、僕は、僕はっ」
「ナドレを敵に見せたからなんだっていうんだ」
「計画が……」
「だったら! お前が死んでたらどうなってたんだ、ティエリア」
突然荒げられた言葉に身を竦める。
「考えろ」
「死んでいたら、計画は」
「歪んでなかったって言うのか? 違うだろ」
強く抱き締められる。
「ティエリア、お前はガンダムマイスターなんだ。お前流に言うなら、お前だって計画の一部だろ」
「そうだ、だが」
「お前は生きてるんだ。お前は生きてて、計画を継続できる」
伸ばされた手がティエリアの頬を撫でる。前髪を梳く。
「やれるだけのことをやって、死を恐がって、生にしがみついて、何が悪い」
力強い言葉が染み込んでいく。
ヴェーダも計画も絶対だ。
だが。
「僕は、生きたかった」
無意識が、生存本能が、ヴェーダを呼び覚ましてしまった。
「それでいいだろ。難しいことは考えるなよ」
飄々と、ロックオンは言う。
「俺はな、ソレスタルビーイングのみんなが、お前が、生きていて嬉しいんだ」
「ロックオン」
ティエリアは振り返った。勢いに、涙の雫が飛び散る。
「っと、泣くなって」
「泣いてなどいない」
「そうか?」
ゆっくり体を離したロックオンに、長い指で目尻を拭われる。
「なら、いいけどな。んじゃ、俺は」
ロックオンは出口へ行こうと立ち上がった。
「僕は」
「なんだ?」
「僕は……」
立ち去ろうとするロックオンの上着の裾を掴んだ。
「あなたがいてくれて、嬉しい」
「嬉しいこと言ってくれるな」
ロックオンは前かがみになってティエリアの頭を撫でた。
「ミス・スメラギに謝っとけよ」
「……わかっている」
「ちょっと可愛かったぜ?」
「――は?」
「八つ当たりしてるところ」
ティエリアは自分の顔が熱くなるのを感じた。
「ふ」
「ふ?」
「ふざけるな! 出ていけッ」
手近にあった枕を投げつける。
「はいはい、退散っと」
ロックオンはドアを開けた。
「……ありがとう」
歩み去っていく背中に、ぽそりと小さな声で呟く。ロックオンは聞こえたのか聞こえていないのか、右手を軽く上げて去っていった。



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