好きなトコロ


サジルイ







「沙慈ぃ、二分遅刻っ」
強制デートという名の買い物の荷物持ちに駆り出された沙慈・クロスロードは、金髪のストレートをさらりと流して肩を怒らせているルイス・ハレヴィの前で荒い息を吐いた。
「ごめ……」
「ごめんで済むと思ってるわけ? もぉ……」
胸の前で腕を組んで完全にご立腹な様子の彼女に沙慈は眉を下げた。
「その……お婆さんが道に迷ってたから……」
「もう少しマシな言い訳は?」
「ごめん、ごめんってば、ルイス」
公道でなければ土下座していただろう勢いで頭を下げ、さらなる怒声を覚悟して俯いた姿勢で一時停止。
「……私とその人、どっちが大切?」
見なくてもわかる。ぷぅ、と頬を膨らませているに違いない。
「そ、そんな……」
おどおどしていると、ふっと雰囲気が和らいだ。
「冗談に決まってるでしょ? 遅れた罰は荷物持ちね!」
くすくすと笑うルイスに背中を強く叩かれて咳き込む。普段から大量に持たされているのに罰が加わったらどうなってしまうんだろう。気が重い。けど、軽い。


数時間後。
前言撤回。やっぱり、重い。
ルイスは服を胸に当てがって鏡を覗き込んでは次から次へと店員に渡し、どんどん紙袋が増えていく。沙慈の両手は既にいっぱいで千切れそうだ。痛い。
「次行こっ」
右手にほいっとブランドものの紙袋を掛けられて沙慈はよろめいた。ルイスはどこ吹く風でくるくると回るように歩きながらスカートの裾をひらめかせて出口に向かい、実に楽しげに笑っている。それを見て、額にうっすらと汗を浮かべた沙慈は顔を綻ばせた。
だがそれとこれは違う話だ。
「ちょ、ルイス? 僕はこれ以上は持てないよっ?」
慌てて首を勢い良く横に振って否定する。
「んー……首に掛けたら?」
金髪をなびかせて振り返ったルイスは小さな唇に人差し指を当てて眩しいばかりの満面の笑みに、無慈悲な言葉。沙慈はがっくりと肩を落とした。
「ルイスぅ……もう無理だって……」
「男でしょ?」
「だ、男女差別はんた、い……」
睨み付けられれば最後まではっきりと言い切ることもできない。すぐににこやかな表情になったルイスは沙慈に顔を向けたまま後向きに歩き始めた。
「ねぇ、沙慈……」
その先にあるのは小さな段差。
「っ、ルイス、危ない……っ」
「え?」
沙慈が駆け寄る。ルイスの体がぐらりと傾く。
「っ」
ルイスが息を詰める。
「い、っつ……」
声を上げたのは沙慈の方だった。沙慈はルイスの下敷きになったまま腰を撫でた。
「大丈夫? ちゃんと下見て歩かないと……」
顔をしかめながらルイスを見る。しかしルイスは沙慈をちらりとも見ずに立ち上がった。振り返らずに店を出ていく。
「ルイス……?」
怪我がないなら良かったと、急いで立ち上がって後を追う。

荷物の多い沙慈が漸くルイスに追いついた時、ルイスは一件の店の前に立っていた。可愛らしい、お洒落な雰囲気の店だ。
沙慈が来るのを待ち構えていたのか、ルイスは遠慮なく店に足を踏み入れていく。
「ちょ、っと、まだ買うの?」
「これくらいなら、持てるでしょ」
俯いているルイスに促されて周りを見てみれば、陳列されているのは服ではなく小物の類だ。ヘアアクセサリーがびっしりとディスプレイされている。
「え、あ、うん」
思わず頷いてしまってから内心頭を抱え込んだ。これだからいけないんだ。
それからふと、改めてじっくりと周りを見てみる。……ダメだ。
「ごめん、君に、何かあげたいんだけど、さ……」
いつもいつもルイスの買い物に付き合うばかりで、何かをあげたことは殆どない。ルイスが身につけているものは高価なものばかりで、それに見合うものなど沙慈に買えるわけがなかった。髪飾りならもしかしたら、と思ったわけだが、その辺に売っているものと一桁違う。
「いいよ、別に」
ルイスの素っ気なさに、何か機嫌を損ねることをしてしまっただろうかと首を傾げる。
「じゃあ、さ。これ、買って……?」
ルイスが指差したのは鮮やかな青のリボン。単なるリボンではあるが、ビロードでできたそれは艶やかで、ルイスの髪に似合いそうだった。
「あ、これなら。うん、いいよ」
値札を見て、沙慈は声を弾ませた。沙慈でも手の届く範囲だ。
レジに持っていき、差し出す。
「プレゼント用ですか?」
沙慈の後ろに立っているルイスに視線をやりながら店員に尋ねられた。
「はい。包んでくださ……」
「そのままで!」
沙慈が言い終える前にルイスが遮る。
「え、でも……」
「いいのっ」
会計を済ませて店を出る。手にはむき出しの青いリボン。
「本当にこのままでいいの?」
「うん。ねぇ、沙慈」
「何?」
ルイスの小さい背中が沙慈の方へ向けられる。
「結んで?」
「えぇっ、僕、不器用なんだけど……」
「いいからっ。早くぅ」
甘えるような声にくすりと笑う。
「何、やらしー」
「そんなんじゃないって」
長い金髪に指を通すと指の隙間をさらさらと細い髪が流れ落ちていく。太陽の光を受けて輝く金髪は光の洪水のよう。
苦労しながら髪を高い位置で纏め、不恰好な蝶結を作る。
「痛くない?」
「平気」
「じゃあ出来た」
振り返ったルイスの頬が僅かに赤いことより、いつもと違う雰囲気にぱちぱちと瞬きをした。
「似合ってる」
「ホントっ?」
ルイスはショーウィンドウに駆け寄ると何度も角度を変えて自分の姿を眺めている。
「へたくそ」
直球な感想に肩を竦める。
「だったら自分でやってよ」
「うぅん、ありがと。凄く嬉しい」
珍しく素直なお礼の言葉に沙慈は目を丸くした。
「あと、さっきもありがと」
打って変わって呟くような小さな声だ。
「さっき?」
「庇って、くれて……痛くなかった?」
「あぁ、あれ。平気だよ」
素直な理由がわかった気がした。大したことじゃ、ないのに。
ルイスがとことこと駆け寄ってきて、背伸び。

「ちょっと、かっこよかったぞ」

頬にキス。赤面。



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