コトダマ要請
150302 2317



ここ1、2年ほどの間で急に目につくようになった広告がある。
大抵、背景は赤色。頂点にと言うべきか始点と呼ぶものか、ともかくまず最初に王冠を戴き、次いで白に抜けられた単語がひとつずつ段落を作って縦に並ぶ。
いわく、「keep calm and carry on」。
ご存知の方も多かろう。第二次世界大戦中にイギリス政府が国民に向けたメッセージである。
「落ち着いて、日々の暮らしを続けよ」
といったところか。
残念ながらまたも訪れた戦禍ではあれど、慌ててもすぐに平和が訪れるわけではない。むしろこういう時だからこそ普段どおりの生活を心がけ、案じすぎず、楽観しすぎず、文字どおり、これまでと変わらない日常を送るべし。
我が国が戦勝報告ばかりを告げ、惨憺たる有り様であった現実はひた隠しにしていていた、そんな当時の報道のあり方を鑑みるに、国民性も勝敗を決する要因の重要な一部だったのではないかとすら思えてくる。
この呼びかけはポスターとして作成されたが、色々な事情のもと予定していたほど世に出回ることなく終戦を迎えたという。ならば勝因には全くなり得ないないのではと考えそうになるけれど、政府と国民の関係性をこの一文から読みとることは可能ではないだろうか。そしてイギリス人の少なくとも過半数ほどはこの貼り紙を見なくても当然の様にそうやって過ごしたことだろうし、まず政府やメディアそのものが冷静に、これまで通りに日々をこなしていく姿に自然と倣ったのではないか。それがあの国の歴史的遺産と呼ぶに値する何かではないだろうか。

さておき、今世紀に入ってこのポスターがビンテージとして発掘され、再評価が為された。近年、ネット社会を通じ、個人的なモットーを打ちたてる際にその下敷きとして利用されることが多いらしい。現にこの言葉で検索すると、スマホのアプリも山ほど出てくる。
確かにこれは優れたテンプレートだと感心する。
keep calm は残し、そこからどんな指標を続けるか。
何故、keep calm だけは変えないのか。
恐らく、普遍的な教訓だからだろう。
何を目指すにしても、最初から最後まで落ち着いていることが大切なのだ。
訳し方にも種々あるだろう。この部分だけでなく、全文を通しても、たとえば、淡々と日々を送りなさい、でも、慌てず騒がず今日を過ごせ、でも、単純に、いつも通りで、でも、どれでも不正確ではないはずだ。
脅威が迫れば必ず告知があり、それは起こる時は起こり、起きない時は起きない。
そのことを念頭において信頼し、安心して、今日を生きる。目の前にあるやるべきことをしながら。
この基礎が出来ていることが、すなわち、落ち着いているということになる。
言い換えれば、落ち着きとは自信でもあるだろう。
だが、努力して身につけたそれとは少し違って、周囲の大人たちの背中が子どもに伝えるような、環境によって育まれる類のものかもしれない。
だからこの一文が生まれた国の人間でない私の場合は、落ち着きという絶対的な前提を何より最初に修得する必要があるかといえば、そうでもない。日本人には日本人なりのそれがあるはずだ。
静かにものごとを見聞きして、論議するよりも沈思黙考し、あまり大っぴらにはしない。
でも決して何も持っていないわけではない。
それは良いとか悪いとかいうものでもない。
そのことを納得して普通に生きていること、それがすなわち、keep calm に相当するのではないだろうか。
その国のその人らしさというものは、世界中のどこにいても品がある。違いはあっても、間違いではない。
ただ、人間というものは、間違ったことはしてしまうものだ。
だから自戒のために、keep calm の後に続くものを、ひとりでじっくり考えなければいけない。

私ならば何が良いだろう。何が私に必要だろう。
なかなかしっくり来る答えは見つからない。
強いて言えば、keep calm and keep on か。
そのままでいることを続けよ。
keep on keeping on に近い願望がある。
しかし、さすがに私だけあって手抜きに等しい。
もうちょっと頭を使ってみて、出た案は、keep calm and behave humoursly ……落ち着きつつもユーモアは忘れずに。
長い。やはり私だ。これは短くまとめるから美しいというのに。しかも副詞を使うとは言語道断。
ところで今ふと思ったのだが、keep calm は落ち着いて、とか淡々と、というのと同じくらいに、集中して、というニュアンスがあるのかもしれない。
意識的にではなく、瞑想する様な感覚で、自分の中の軸を保つ。
それが何かをする時に頼もしい味方になってくれる。
ということを踏まえて更につきつめていくと、色々なことが言えそうなものなのに、なかなか出てこない。

keep calm and get ready, keep calm and thank, keep calm and pray, keep calm and do not be too serious, keep calm and write with just a few simple words .....

やはり keep calm and keep on が私にとっては最良なのかもしれない。上に書きたてたことのすべてが含まれる気がする。
それと同時に、まだまだ自分のことを私はわかっていないのだろうなとも実感せざるを得ない。

keep calm and try myself.
keep calm and test myself.
keep calm and look for,
ask,
wonder,
suspect,
but believe,
and sometimes remember I could.

個としての自分というものの完成を知らぬまま、それでも焦らず、黙々と、ひたすらに、求めよ。

だけれど、いったい何を?

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