「何だか騒がしいネ〜」
 宿の二階から布で顔を半分程隠した旅人が降りて来て言った。
この青い髪の男性客は身分を偽りながら旅をしている高貴な人に違いないと、信じ込んでいる宿の女主人は眉をひそめながら嬉しそうに応える。
「いやね、今朝墓地の辺りで、男衆が死んでたんだって。しかも皆、腕や首を切られて」
「へ〜。それは物騒ダネ〜」
「向かいの妾館の女の子も一人、行方知れずなのさ。だから皆、魔物のせいじゃないかって恐がってるんだよ」
「魔物ネ〜」
出来るだけ皮膚を晒したくないのか、指先や首まで布で覆った男性客は呑気な口調ながら考え込む素振りを見せた。
「いやいや、お客さん! 近くの森のは、とうの昔に討伐隊でやっつけたんだもの。もう居ないから慌てて宿を引き払ったりしないで頂戴よ」
ねだるように言う女主人に、彼はニッコリ笑った。
「じゃあ、今日はその森に行ってみるヨ〜」

 お喋りな宿の主人から逃げ、話題に上った墓場へ行く。
(ココで死んでりゃ、運ぶ手間が省けるネ)
そんな悪どい事を考えてるとは、微塵も感じさせない微笑みのまま彼は方向を変えた。
 木々の隙間を縫って届く光は、足元を照らすにはあまりにも心許ない。
しかし彼は深く暗い森を、通い慣れた通りの様に軽い足取りで進んで行く。
 彼の前に、まるで初めから一枚の飾り板だったと言わんばかりに固く錆び付いた門戸が現れた。
「ヒッヒッヒ。ちょっとお邪魔しますヨ〜」
手袋が赤錆で汚れるのも構わず強引に開き、もともと何が生えていたのか解らない荒れた庭園を通り、飄々と古城の内部に潜入する。
 全ての窓という窓がポッカリと虚ろに口を開け、扉や家具の木造部分が朽ち果てて、甘酸っぱく鼻を突く腐臭を漂わせている。
そして床に積もったぶ厚い埃に残るのは彼自身の足跡だけだった。
 薔薇園の惨状を上回る室内を見た彼は、がっかりして呟く。
「あ〜、これは無理かもネ〜……」
 彼の旅の目的地は魔物が住んでいたというこの城だった。

 気落ちする彼は、この城の主の性質を思い出し念の為地下室を探した。
石造りの階段を降りた先には、時間が止まったような闇がわだかまっている。
 目を凝らしたり瞬きを繰り返し森より深い暗闇にようやく慣れた彼は、見渡す限り古びた棺と埃しかないと思われた場所で自分以外の存在に気付いた。
 誰かが放り投げられた人形の様にうずくまっている。
暗過ぎて髪の色も顔の造作も解らないが、肩辺りの感じから細身の青年のようだ。
「ネェ、君」
彼は青年を抱え起こして声を掛ける。
青年の口元に残る乾いた跡に彼が気付いたとたん、物凄い力で頭を固定された。
「痛いネ〜」
首筋に噛み付かれて血を吸われても、逃げるでも怯えるでも無く、彼は驚きを喉で潰して苦笑する。

それから数分後、ようやく開放されて床にへたり込んだ彼は変わらず口元を緩め、錆びの付いた革手袋のままで自分の額を押さえてぼやく。
「さすがにクラクラするネ〜」


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