一瞬。
吸血鬼である私の、存在する長さと比べれば。
全ての事は、ほんの一瞬にしか過ぎない。
けれど。
瞬いている間に、心臓を撃ち抜かれる事だって有るだろう。

 顔さえも覚えていない彼女は、本当に私と同じ刻に存在したのだろうか。
この胸に疼くものは、憧れから来た幻痛なのか。
「……リデル」
呟いた彼女の名は、痛みと同等の甘さを含んでいた。

 それがいつの事か覚えていない。
目覚めた私が気付いたものは、朽ちた木片が混ざる異常な程の埃と灰。
父母も姉も執事も召使い達も。誰も居ない。
 誰も居ない。
呼んで確認しなくても。並ぶ棺を開けなくても。ソレは本能に近い辺りで、解る。
(……そうか。私は)
置いて行かれたのだ。
もう独り立ちして自分で餌を狩れ、という事なのだろう。
棺からはみ出して伸びをした私は、服に着いている木片を払い落とし、眠り続けていた分の栄養を摂りに城を出た。

――木片と灰の意味になど気付く筈もなく。

 羽ばたく力が足りず幾度となく墜ちる度、城を囲む無数の木々から生気を分け与えられる。
存在する為だけなら、それで充分。
けれど、物足りない。
喉が。
心が。
出来れば、獲物は人が良い。
怯えずにいてくれるなら尚更。

 僅かずつ近くなる人の匂いに飢餓感が募る。
森を抜けると奇妙な石が並ぶ平地に出た。
夕暮れ間近なのに、鍔広のボンネットを被った少女が、たった一人で石の前に居た。
その石に刻まれた字は人の使う文字で“リデル”そう読めた。
 「もう夕刻だ。まだ帰らなくて良いのか? 人の子よ」
少女に一番近い木に移動し、腰掛けてから私はそう訊ねた。
「あなたは、まるで自分が人じゃ無いみたいに言うのね」
からかう様な表情を目に光らせて彼女は私を見上げた。
その言葉に血族の誇らしさと同時に、意外だ、という感情が沸き上がる。

 彼女は私の存在を恐れない。
私の飢えを満たしてくれるだろうか…?

 「ひとつ、頼みが有るのだが」
「聞けないわ」
間髪入れず断られた。
「何故?」
訊ねると、少し間を置いて独り言のように応えた。
「……私に出来る事なんて、無いもの」

 彼女は足元の石を『自分の墓』だと言う。
「お前は生きているように見えるが?」
眷属特有の濁った空気が彼女には無い。
「体が生きてるのと、心が生きてるのは違うでしょう?」
彼女の言い分は、良く理解出来ないが、頷いた。

 夕暮れが深さを増し、彼女が立ち上がる。
「私、もう行かなきゃ」
おもむろに言われた言葉に、引き止める術を私は知らない。
「そうか……。また逢えれば良いのだが」
そう言う私に、幾分暗い表情で彼女が応える。
「そこに、一番大きな建物が見えるでしょう?」
その細く小さな指先で示されたのは唯一の四階建ての屋敷だった。
「夜に来ればいつでも会えるわ」
十二、三才にしか見えない少女は言った。
「私、そこで働いてるから。……娼館なの」
「行かない」
娼館の意味は解らないながらも、来て欲しくなさそうだったのでそう応えた。
「そう? でも、その方が身の為ね」
複雑な笑みを浮かべて、彼女――リデルは言った。


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