23 放浪 周りの好機や怪訝の目を背にホテルの入り口を出た。 息子が追いかけてくる様子は無い。 冷たい雪が混じった風が私たちにぶつかって来る。 「っ、さむっ……」 痛いほどだ。 着てきたコートはレストランにおいてきたままだ。 いくら露出が昨日想像してた時よりも控えめだと言っても、それはドレスの中でだ。 肩は丸出しだし、生地は薄いし、こんなので外に出るもんじゃない。 「濡れてるが、着てるだけマシだろう」 身体を抱きしめて身震いしてると、暖かいものに包まれた。 残った小十郎さんの熱が冷えた身体を温める。 「えっ、そんなの、小十郎さんが!」 返すためにコートを脱ごうとすれば、ボタンを閉められた。 ついでに、マフラーも巻かれた。 「おとなしく着てろ。今の格好でいられたら見てるこっちが寒い」 小十郎さんはの格好スーツだけだ。 これじゃあ見てる私のほうが寒いって。 「うっひぃ!」 「何だその声」 「だっ、いきなり!」 どうやって返そうか考えていると足が地から浮いた。 「お、下ろして!」 「この吹雪の中、んな踵の高い靴で歩かせられるか」 「だ、大丈夫だから!」 しかもお姫様抱っこだなんて。 恥ずかしすぎて死ぬ。 だってもう今年で二十六になるんだよ!? しかも絶対重いし。 途中でやっぱり下ろすとか言われたら恥ずかしくて蒸発できる自信がある。 「黙って抱かれてろ」 「うっ」 そんないい声でそんなこといわないでよ。 恥ずかしくて小十郎さんの胸に顔を押し付けた。 おとなしくなった私を確認した小十郎さんは吹雪の中歩いていく。 こんな専用の運転手を持ってる金持ちしか来ないようなところになんかタクシーなんて来ない。 だから、タクシーを捕まえられるところまで歩かなきゃいけない。 どれくらい歩くのか分からない。 こんな氷点下の中スーツしか着てない小十郎さんを長く歩かせることになるなんて。 しかも私を抱いてるから手はむき出しだ。 凍傷にならないか心配だ。 申し訳なさ過ぎて泣きそうだ。 どうすることも出来ない私は、小十郎さんの匂いを命いっぱい吸い込んで泣きそうになるのを落ち着けることしか出来なかった。 ++++ とりあえずコンビニに着いた私たち。 温かい飲み物を買って冷えた身体を温めた。 コンビニの中は暖かいのでコートを冷え切った小十郎さんに返そうとすれば頭を小突かれた。 他の男がいるのに肩を出した服装はだめらしい。 小十郎さんの前だけだったらいいの、と訊けなかったのは空白の十年間のせいだ。 飲み終わったカフェオレをゴミ箱に捨てて、立ち読みをしつつ横目で小十郎さんを見れば、携帯を確認しながら苦虫を潰したような顔をしていた。 「どうかしたの?」 「……公共交通機関が全部止まってる」 「え!?」 じゃあ、帰れないってこと!? ど、どうしよう。 お父さんや佐助にこんな時間に迎えに来てもらうなんて出来ないし。 ってか、今から山梨から東京に迎えに来いなんて鬼みたいなこといえるか。 小十郎さんも同じことを思ってるんだろう。 宮城から迎えなんて呼べない。 「ど、どうしよう……」 このままコンビニにいてても大丈夫なのかな。 あんまり長居しすぎると、店員もいい顔しないよね。 ってことになると、野宿? ……死ぬわ! 本当にどうしよう。 一人うろたえていると、小十郎さんが携帯を閉じた。 「……ちょっと待ってろ」 「えっ、う、うん」 小十郎さんがレジにいる店員に話しかけに行った。 ……なんかいい考えでも思いついたんだろうか。 五分ほど話し合ってから小十郎さんは帰ってきた。 「十分ほど歩くぞ」 「え? どこか当てでもあるの?」 「ああ、最寄りのホテルに行く」 「ホテル!?」 思わず声量が大きくなる。 「……じゃあ、他になんかあるのか」 「い、いや……ないです」 眉間の皺を深くして言った小十郎さんに思わず怯む。 「じゃあ行くぞ」 「わっ」 また小十郎さんにお姫様抱っこされる。 「歩けるのに……」 「俺がお前に触れてたいんだよ」 「うへっ!?」 「くくっ……変な声上げんな」 小十郎さんはツボに入ったのか、肩を震わせている。 だって小十郎さんがそんなこと言うから。 こんなこという人だっけ。 昔の感じで喋るのなんて十年ぶりだから分からなくなった。 「顔真っ赤」 指摘されて私はまた小十郎さんの胸に顔を埋めた。 ++++ 十分ほど歩いてホテルに着いた。 こんな吹雪の中だけど外観を見てさすがの小十郎さんも立ち止まった。 しかし、いつまでも外にいてると凍えてしまうので一応中に入って、暖を取る。 すごい、ロビーからしてなんか変な雰囲気が漂ってる。 ……居心地悪い。 なんか小十郎さんの隣に並ぶのも気まずい。 小十郎さんのため息が聞こえた。 「ホテルには違いないが……」 「まあ……」 俗に言うラブホテルだ。 「ちっ、若い奴に聞いたのが悪かったか」 おちょくりやがって。と小十郎さんは不機嫌だ。 大学生らしき青年よ、もしもう一度小十郎さんに会うことがあったら歯を食いしばる準備だけはしておいた方がいいよ。 というより、よく小十郎さんの顔を見てこんなからかうようなこと言えたな。 大体は怯えるのに。 最近の若者は肝が据わってる。 「仕方ねえ」 「えっ、ここにするの!?」 「近くにビジネスホテルなんてねえだろ」 「そ、そうだけど……」 「行くしかねえだろ」 小十郎さんが受付に向かった。 やっぱり、小十郎さんは男だしこういうところ慣れてるのかな。 今回が初めてだってことは無いはずだし。 ……なんか嫌だ。 受付でなんの動揺もなく何か操作している小十郎さんのところへ向かう。 一人で待ってるのも嫌だし。 駆け足になると挫いてしまった。 「っ、わっあ!!」 「うおっ」 小十郎さんの背中にダイブしてしまった。 ヒールだって忘れてた。 ……小十郎さんの背中、びちょびちょだ。 あんな吹雪の中歩いてたら濡れるに決まってるよね。 早くお風呂に入ってもらわなきゃ。 「何してんだ」 「ご、ごめ……挫いちゃって」 「大丈夫か」 「う、うん」 頭を撫でられた。 こんなことされたら照れてしまう。 俯くと声を掛けられた。 「なまえ」 「な、なに?」 「俺らと同じやつらが多いらしい」 「そうなの?」 ってことは、 帰れなくなった人たちが泊まりに来たってこと? みんな考えることは同じだってことか。 「そのせいで部屋があと一つしか空いてない」 「じゃあラッキーだってこと?」 もしあと一組遅かったら泊まれなかったってこと? うわ、良かった。 「……ラッキー、か」 「どうしたの?」 「いや、なんでもねえ。泊まるか」 「うん。早くお風呂入って身体温めないと」 小十郎さんがどこか複雑そうな顔をしてる理由を、部屋に入って初めて理解した。 (怪しげなおもちゃや鞭、手錠、蝋燭) [戻る] ×
|