蝉声 | ナノ



24 覚悟


小十郎さんが断固としてお風呂を先に入ってくれなかったので、先に入った。


お風呂はガラス張りでしかも曇りにくい加工済み。
もうカラスもびっくりするような速さで身体を洗って湯に浸かった。

湯船は透けてないのであごまで湯につけた。



なにこのありがた迷惑な設計は。
けど、背に腹はかえられないので湧き上がる怒りを静めた。





今は小十郎さんがお風呂に入ってる。



間違って余計なものを見てしまわないためにも髪の毛を早々に乾かして布団に包まる。




だって、意識してしまう。


ベッドの頭のほうの柵には手錠がついている。
……一体なにをするつもりなんだ!



横には所謂大人のおもちゃという奴が種類豊富に揃えられている。
有料のボックスには鞭や変な薬も置いてある。
挙句の果てには天井には鏡までついている。


勘弁してくれ!



嫌でもそういうことを意識してしまう構造になっている。



私たちはそういうことをしに来たわけじゃない。
ただ泊まるところが無くて、仕方なくだ。

空いてる部屋がここしかないから仕方なく泊まるんだ。




悶々と変な想像を振り払っていると浴室のドアが開く音がした。




小十郎さんが上がってきたんだ。





「何してんだ」
「見たくないものがありすぎるから!」
「……ああ、そうか」







少し間があいて、小十郎さんが納得したように言った。
そして、また少し無言が続いてベッドが沈んだ。




小十郎さんが乗ったからだ。






驚いて思わず布団から顔を出す。
刹那、また何かに包まれた。



私と同じシャンプーの香りで小十郎さんということに気づいた。





「わっ、ええ!?」

「……」




何も言わずに苦しいくらい抱きしめられる。





「こ、小十郎さん?」



「……よかった」
「え?」



「お前が無事で、本当によかった」





心の底からの安堵のため息とともに呟きに涙腺が緩みそうになる。

もし小十郎さんが来てくれなかったら、今頃……。
想像しただけで吐き気が催される。







そこで一つに疑問が浮かんだ。







「なんで私が今日あのホテルにいるってわかったの?」
「猿飛から電話があった」
「佐助から?」




そういや、佐助には言ったっけ。
わざわざ、小十郎さんに伝えるとか、どんだけ気が利くの。

もう佐助には頭が上がらないよ。




「猿飛からお前が犯されるかもしれないと聞いたときは真っ白になった」



小十郎さんの吐息が布団越しに感じる。




「諦めたはずなのにな」



他の男に触れられると思うと我慢できなかった。





真っ白な視界が歪む。

ああ、好きだ。
小十郎さんがたまらなく好きだ。

私も小十郎さんの背中に腕をまわす。





「っく、すき……っ」
「俺もだ……が、」





小十郎さんの言葉の間に、不安になって布団から顔を出すと、おでこにキスを一つ落とされた。









「これからお前の家族や会社にも迷惑かけるぞ」
「……うん」





確実に今川の怒りを買ってしまった。
もしかしたらもう正式に今川から苦情が来てるかもしれない。


武田だけじゃなく、伊達にも来てる可能性は多いにある。





もはや私たちだけの問題だけじゃない。



今小十郎さんとこうしてることはたくさんの犠牲を生み出そうとしてるのと同じだ。








「ご、めんね……」




小十郎さんの胸で涙を流す。



小十郎さんを諦められなくてごめんなさい。
会社のみんなに迷惑をかけてごめんなさい。
息子を受け入れられなくてごめんなさい。





いろんな謝罪を小十郎さんにぶつけた。








「お前は悪くない」






まるで小十郎さんがすべての罪を被ったかのような言い方。





私に反論させないようにか、唇を奪われた。





「ん……」
「俺一人で解決できる問題ではないが、全力を尽くす」



「だからお前は心配するな」






小十郎さんの目は真剣だ。

相手のどんな理不尽な要求でものむはずだ。
腹を切れって命令されたらきっと切る。



ああ、だめだ。
そんな事されたら小十郎さんと一緒にいられなくなる。



もう小十郎さんと離れるのは嫌だ。



……けど、私が出来ることは何も無い。
もう足掻くなんてことは出来ない。
未来に怯えるだけ。




小十郎さんが死んだら、私も死ぬ。
絶対に離れてなんかやらない。



そうだ、そうすればいい。





馬鹿げてるとは頭の隅では分かってる。
けど、私の心にはすっと下りた。

こんなことで、解決してしまった。




小十郎さんのことではあんなに引きずって悩んでたのにな。




やっぱり、どんなことよりも小十郎さん方に天秤が傾く。










「な……」



これから起こるだろう出来事を思慮して、眉間に皺を寄せてる小十郎さんの唇を奪った。

目を丸くして硬直してる小十郎さんに思わず噴出した。





「……おい」
「ねえ」



笑ったことに少し拗ねたような表情を見せた小十郎さんに話しかける。



小十郎さんとしては、これから地獄が待ってるのに対策も考えずよくも笑っていられるな、って気持ちがあるんだろう。








「……あとで、考えよ?」






たとえ、地獄が待ってても。
なにが起ころうとも、今はまだ起こってない。

今は、ただ小十郎さんを感じていたい。


「……そうだな」


この想いは小十郎さんに届いたみたいだ。
天井の鏡に映る自分と目が合って、思わず笑いそうになった。



(なんでだろう、小十郎さんとなら大丈夫な気がするんだ)
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