20 悲嘆 「ん……」 重いまぶたを少しだけ上げる。 ここ、どこだろう。 起き上がりたいけど、だるくて出来ない。 頭も霞がかったようだ。 「起きたか?」 「ん、こじゅろうさん……?」 「水、飲むか?」 吸い飲みを差し出された。 吸い付けば、冷たすぎず熱すぎないちょうどいい温度の水が流れ込んできた。 飲み終われば、小十郎さんの手がおでこに乗った。 「ん……」 「少しは熱下がったな」 下がったとはいえ、まだ十分微熱以上の熱はある、安静にしてろ。と小十郎さんに髪をかきあげられた。 「頭部うつ熱、だそうだ」 「え……?」 「強い精神的ストレス、過度の頭脳酷使、長期間に渡る深刻な悩み……が主に原因で発祥するそうだ」 小十郎さんの眉間の皺が更に深くなった。 ……思い当たりがありすぎる。 ってか、全部当てはまってる。 「何があった」 小十郎さんは話せと言わんばかりに私を鋭く見つめる。 小十郎さんと馬鹿息子。 この二人が原因だってことは明確だ。 そのことを小十郎さんに言えるわけない。 馬鹿息子のことも少なからず小十郎さんが関わってるし。 あいつと結婚したくないのは、もちろん遺伝子レベルで合わないってこともある。 けど、小十郎さんと正反対の人種のせいで結婚したくないっていう気持ちの方がが大きい。 だって、例え遺伝子レベルで合わなくても、あの息子は金を持ってる。 小十郎さんと出会ってなかったら、絶対に結婚してる。 だって、玉の輿だし。 好きなもの買ってもらう。 けど、小十郎さんと出会ってしまったから、無理だ。 小十郎さん以外の人と結婚、だなんて考えられない。 「っ」 ああ、だめだ。 頭がまた痛くて熱くなってきた。 思考が出来なくなる。 目の前が霞む。 「おい、考えるな。頭で考える前に口に出せ」 小十郎さんの手で視界を遮られた。 素直に目を閉じる。 小十郎さんの手、冷たくて気持ちいい。 「俺に解決できるかわかんねえが、話せ」 優しい声色に少し頭痛が引いたような気がした。 けど、まだうまく思考が働かない。 ぼーっとする。 寝起きの気分だ。 自分の身体じゃないみたいで。 何も考えられない。 「すき」 「は?」 たっぷり間を置いて小十郎さんが声を発した。 目を覆ってる手がピクリと動いた。 自分は一体何を言ってるんだろう。 「すき、ずっとすき」 「ね、寝ぼけてんのか?」 小十郎さんの手が退けられた。 うっすら目を明けると、小十郎さんが動揺してた。 手を伸ばして、小十郎さんの手を捕まえた。 「だいすき、こじゅうろうさん。……ごめんなさい」 「……なんで謝るんだ」 「いや、でしょ? 私なんかに好かれて」 「なんで……」 「こじゅうろうさんは私のこときらいって、見るだけで吐き気がするってわかってるよ」 手を握る力が強くなる。 「わかってるのに、すきでいて、ごめんなさい」 「……っ」 「迷惑だって、わかってるけどやめられないの。ごめんなさい、ごめんなさい……っ」 溢れ出てくる涙をとめられない。 こめかみにも涙が流れる。 呆然としていた小十郎さんが思い出したように言う。 「結婚、するんだろう」 握った手がゆっくりと振り払われた。 「っ、うう」 「……幸せになれ」 「ふっ、く……やだぁ、やだよ……結婚なんか、したく、ないよぉ」 「なまえ」 逃げた小十郎さんの手をもう一度捕まえる。 今度は両手で。 逃げられないように、しっかりと掴む。 「うっ、ぇ、ええっ……ひ、くふぅ」 「頼むから、泣くな」 「やだやだ、あんなやつとっ、結婚なんか……!」 「……恋愛結婚、だろう」 「ちがう! 気づいたら、結婚するしかないように、追い詰められててっ! 付き合った覚えなんか、ない、のに!」 涙だけでなく鼻水も垂れ流しながら必死で訴える。 私が望んでない結婚をさせられそうになってるのに、気づいて欲しい。 「こじゅ、ろさん以外と、結婚、なんかっ、したく、ない!」 駄々をこねるように泣き喚く。 こんなことしても状況が変わるわけでもないのに。 そうせずにはいられない。 「なまえ……」 「こじゅうろ、さ、ん!」 必死に小十郎さんの手を掴んでる私の両手に手が添えられた。 私の手を包み込む大きなそれ。 小十郎さんの顔を見た。 涙で滲んでて良く見えない。 けど、 「……すまねえ」 声が震えてる。 「あ、う、えっ……?」 「っ、く……」 小十郎さんの額が重ねた私たちの手にくっつく。 歯を食いしばったのか、歯軋り音がする。 握られた手が、痛い。 初めてみる姿に戸惑う。 「こじゅう……」 「俺には!」 「っ、う」 「俺には、どうすることも……!」 まるですべての原因が小十郎さんにあるような言い方。 「ちがっ! こじゅ、ろうさんは悪くない!」 いくら小十郎さんでもたった一人で財閥に勝つなんて無理だ。 それに、小十郎さんが今川に何かすれば、政宗たちにも会社にも迷惑が掛かってしまう。 無理に決まってるのに。 小十郎さんはなんにも悪くないのに。 「俺に、もっと力があればっ……!」 「ちがう、ちがうよぉっ……わたしが、わるいの!」 小十郎さんが思いつめることなんて無いのに。 悪いのは、私だ。 私が小十郎さんのことさっさと諦めていれば、吹っ切れていれば、こんなことにはならなかったのに。 「好きだ」 ぼやけた視界に覚悟を決めたように顔を上げた小十郎さんが映った。 「っぅえ……?」 なんて、言った? 「好きだ、昔からずっと」 充血した目が私を見つめる。 「うそ、だぁ……」 「うそじゃねえ」 「じゃ、じゃあ……嫌いじゃ、ないの?」 「当たり前だ」 「我侭で、自分勝手で、迷惑してたのに?」 「してねえ」 「ブスで、こじゅうろうさんに、釣り合わないのに?」 「釣り合うのはお前だけだ」 「付き合ったのは政宗の、命令、なのに?」 「俺が、お前に惚れたからだ」 真剣な小十郎さんの目が、私を射抜いてるはずなのに、滲んでよく見えない。 「っ、ひっく、視界に、はいるだけで、吐き気、しないの?」 「んなわけねえだろ……!」 じゃあ十年前、何で私を突き放したの。 聞きたかった言葉は、声にならなかった。 嬉しくて、嬉しくて死にそうだ。 小十郎さんが私と同じ気持ちだったなんて。 今まで私が死ぬほど悩んだのに。 どれだけ私が悲しんだと思ってるの。 とか、責めたいことはいっぱいあるのに、全部吹き飛んだ。 せっかく、気持ちが通じ合ったのに。 「ふっ、うう……おそ、いよお……」 「ああ……っ」 報われることなんか、ないんだ。 「おそいよ、ばかぁ」 「悪い」 「小十郎さんと、結婚できない、じゃん……!」 「っ、悪い」 小十郎さんを責めても意味ないのに。 何やってるんだろう。 「うっ、ううっ、えっ……」 「なまえ、幸せになれ……っ」 そうすれば、俺は報われる。と小十郎さんに引っ張られ、抱きしめられた。 「む、りに、決まって、る!」 「なれ」 「こじゅ、ろうさ、じゃ、なきゃ、やだあ!」 小十郎さんの肩を叩く。 けど、小十郎さんはびくともしない。 「う、っわああっ!」 情けなく大声を出して泣く。 「っ、く……幸せになれ、……っ」 二人して抱きしめあいながら力尽きるまで、泣いた。 次の日、目を覚ますと友達が心配そうに立ってた。 小十郎さんはいなかった。 (さよなら) [戻る] ×
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