蝉声 | ナノ



17 陰謀

「……すみません、もう仕事しなきゃいけないので、その……」
『そうか、もうそんな時間か。お前と話してると時間を忘れるな!』



それはお前だけだ。
こっちは地獄でしかないよ。

お前と話してる時間は長くて長くて、このまま寿命を向かえそうだ。





「は、はあ……。では」
『ああ、またな!』
「……はい。失礼します」




電話を切って、時間を確認すると昼休みが終わる五分前だった。


……私の昼休み全部つぶれた。
昼ごはん食べてないし。

もう最悪だ。



オフィスに向かう。




あの馬鹿息子も一応は時間に気を使ってるのか、夜か昼休みに電話を掛けてくる。
そこは、まあいい。

つーか、仕事中に電話かけてきたら着信拒否してやる。





一番の問題は頻度だ。




ほぼ毎日掛けてくる。



多いときには一日二回掛けてくる。







もうありえない。
いい加減ノイローゼになるよ。



やめてって言いたいけどいえない。





自分のデスクに座ってかばんの中の手軽に食べられるバランス栄養食を取り出す。






「顔色悪いよ」
「え? そ、そう?」



佐助が眉間に皺を寄せてる。




「この頃ずっと電話ばっかで休んでないんじゃないの」
「いや、ちゃんと睡眠はとってるから大丈夫。ただあの糞息子と話すのが苦なだけ」
「着拒したらいいじゃん」
「そんなの、出来るんだったらとっくにしてる」
「だよねー」







もう、今年はなんなんだ。

いろいろなことがありすぎて死にそうだ。


悩み事が多すぎる。
何か時間があるとずっと考えてる。








「あーだるい」
「今週末、旅行なのにこんな調子でいいの?」
「……大丈夫大丈夫。寝たら治る」
「やめといたほうがいいんじゃない?」
「大丈夫大丈夫」



明らか信用してない佐助。
まあ、確かに本当に体調が悪い。



肩こりが酷いし、頭痛もする。




けど対処できないんだ、これは。


寝ても治らないし、家でゆっくりしても治らない。
逆に仕事してるほうが何も考えなくてすむからいい。













「なまえ」
「へ!?」




入り口から聞こえてきた声に肩が跳ねた。






「お、お父さん」
「安田、少しなまえを借りる」
「あ、はい」





何だろう、いつもと表情は変わらないのになんだろう、雰囲気が違う。



だって、仕事中に絶対私を名前で呼んだりしない。
お父さんは公私混同なんて絶対しない。




緊急の用事なんだろうか、私も急いでお父さんに駆け寄る。







「何かあったの?」
「社長室についてから説明する」
「え?」



わけが分からないままお父さんについていく。




一体なにが起きたの!?
社長室についてから、ってことはお館様にかかわることだ。


……ってことは、会社にかかわることだ。




もしかして、今川から苦情!?



え、ちょ、身を削ってまであのくそ息子に構ったよ?
ないがしろにしないでいたのに。

あいつの要望は受け入れてきたのに。




なんで。



何が不満なんだ、馬鹿息子。






本当に今川からの苦情だったら、私は一体どうなるんだろう。

クビ、なのかな。



この年で無職とか結構きつい。
両親に多大な迷惑をかけてしまう。

家は一般家庭よりも結構裕福だから、私が無職になっても問題はないんだけど、いつまでも甘えるわけにはいかない。
いつかは自分で生きていかないといけないんだから。


ああ、仕事探さなきゃなあ。







そんな最悪の状況を思い浮かべていると、社長室に着いた。






「お館様」
「入れ」




「し、失礼します」





お館様が座っていて、ただならない雰囲気を感じた。
……ああ、これはいいことじゃないな。



私にとって、会社にとって悪いことだ。







「なまえ、お主を呼んだのは他でもない、今川の事でだ」
「はい」





お館様が困ったようにため息をついた。



……苦情なのか、やっぱり、苦情なのか!



お館様が溜めるから、心臓が爆発しそうだ。
いっそ一思いに言ってくれたほうが楽だ。







「今川が、周りに触れ回っていての」
「な、何をですか」





「お主と今川の息子が結婚を前提に付き合っている、とな」





身体がフリーズした。
……は、今、なんて?



お館様は、今なんて言った?





私と、あの馬鹿息子が、結婚を前提に、付き合ってる?








「はああああああ!?」








待て待て待て!

私が付き合ってるのは、あの糞息子の、わがままに、だろうが!



なんで結婚を前提に付き合ってる!?



ふざけんな!



告白は、された。
会った初日に。


気に入った、とか何とか言われた。





けど、それだけで結婚を前提にお付き合いになる!?

ありえない!
私からは何にも言ってない!







「わしも謙信から聞いたときには驚いての。腰抜かすかと思ったわ」
「お、お館様! その話は嘘っぱちです!」
「今の反応でわかった。しかし、やられたの」
「え?」





これって、断れないの?
プロポーズされたら、私、嫌でも結婚しなくちゃいけないの?





お館様が複雑そうな顔をしてる。


その表情に不安が募る。







「会社は、繋がりでできていると言うのはわかるだろう」




お父さんが眉間に皺を寄せながら言う。



「は、はい」


「例え切ってもいいような繋がりでも、切れないのはわかるな」




……一つでも繋がりを切ってしまえば、その反動で他の繋がりまで切れてしまうかもしれない、ってことだよね。



たとえ必要の無い、繋がっててもあまり利益をもたらすとは思えないような今川でも、切ってしまえば、他の大事な会社から信用とかが失われてしまって、大きな損害になってしまうかもしれないってことだよね。
しかも、かなりの昔からの繋がりである今川を切ってしまえば、損害は顕著に現れてしまう。



それだけは、避けなければならない。





「……はい」





今川と繋がりを切る、と言うことは、結婚を拒否することだ。








「それに断れば、今川は織田に泣きつく可能性がある」




武田が裏切ったから、一緒に武田を潰そうと今川は織田と同盟を組む。
織田も武田の巨大な力に警戒してるから、好機と見て、武田を潰そうとしてくる。




そうなれば、今川は安泰だ。
脅威の織田とは仲間になれるんだから。





悔しい、今川はどう転んでもいい方向にしか傾かない。







「お主はあの息子と結婚はいやだろう?」
「はい……すみません」
「いや、お主が悪いわけではない」



私のせいで会社が傾くかもしれない。
リストラされる人も出てくるかもしれない。



私一人が不幸になるか、社員何百人、何千人が不幸になるか、取るほうは決まってる。






私が犠牲にならないといけない。








「わ、私、あいつと結婚します!」
「……無理をするでないぞ」
「い、いえ……それで会社が……」





「だめだ!」





普段、冷静沈着で考えてから言葉にするお父さんが怒鳴った。

驚いて私もお館様もお父さんを見る。




眉間に皺を寄せて、かなり不機嫌だ。




こんなお父さん、見たこと無い。
だって、お父さんは静かに的確に怒る。

少なくとも私が養子になってから怒鳴ったことなんて無い。








「お、お父さん……」



「俺はお前の父親だ! お前が幸せになれない結婚なんて認められるはずがないだろう!」




胸が締め付けられた。
ああ、私はなんていいお父さんにめぐり合えたんだろう。



こんなに私を思ってくれるなんて。






「まあ、それはわしも同感じゃのう」
「お館様……」
「お主が自ら不幸になることは無い」
「けど、じゃあどうすれば……!」




どうしようもないんじゃ。
なにかいい策があるわけないのに、結婚を断ったら会社が大変なことになる。






「手があると言えばある」
「え!? なんですか、その手って!」



あの息子と結婚しないでいいなら何だってする!





「息子に結婚拒否させるように仕向ける」
「し、しむける?」
「まあ、要するに息子に嫌われると言うことだ」




そっか、あいつに嫌われれば結婚したくなくなるよね。
向こうから拒否されたらこっちに非は無い。


その上、今川との繋がりを切れる口実が出来る!



やばい、最高の案だ!





「しかしの、これは相手の出方次第で大きく変わる。得策とは言えんな」
「え、どうしてですか?」




私には得策に思えるのに。
どこが、欠点なんだろう。






「今川の親子は確かに能がない。だが周りの連中がの」
「ど、どういうことですか?」
「重鎮はそこそこの切れ者でな。今回の騒動も重鎮がやったことだろう」




話が見えない。
どういうことなんだろう。




「例え嫌われるように行動しても親子をうまいこと言い包めてしまう可能性が大いにある」
「あ……」



そうか、今川は切羽詰ってる状態だ。
たとえ嫌な奴とでも会社が安泰になるなら、我慢するしかない。












「まあ、やってみることに越したことは無い。やってみるか?」
「は、はい!」




可能性が低くても、私はやるしかない。
小さな可能性に掛けるしかない。



(あんな男と結婚なんて嫌だ)
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