蝉声 | ナノ



18 命令

「温泉楽しみだねー」
「ってか、温泉とか何年ぶりだろう」




友達三人と念願の温泉にやってきた。

もう楽しみで楽しみで仕方なかった。
……けど、なんだか体調が悪い。
熱っぽいし。
頭痛いし。




そんなことは言えるわけも無く、友達には心配掛けないように内緒だ。









観光もたっぷりした私たちは、晩御飯まで時間がまだあるので温泉に向かう。


露天風呂行きたいけど、今は冬だ。
雪が降るかもしれないような環境の中に裸で行けば体調が今以上に悪くなるのは確実だ。
やめておこう。





腕時計を確認すれば五時だった。





ああ、小十郎さんや政宗はもうお館様の家に着いたんだろうな。
今頃何してんだろう。


政宗は、真田君とじゃれ合ってそうだな。


小十郎さんは部屋の隅で正座してそう。


……絶対そうだ。
呼ばれるまで微動だにしないんだ。





見たいな。
出来れば動画とか写真で。





更衣室について、服を脱ぎ始める。




「ちょっと、太ったから見ないでよねー」
「えーどこが? 乳が大きくなっただけじゃん。ちきしょう」
「あんたはもともとでかいじゃん」



三人は体系のことで騒いでいる。

本当だったら私も参加するんだけど、今日はだめだ。
早く温泉に入ってゆっくりしたい。





「ちょっとなまえ」
「ん、何?」
「あんたちょっと痩せたんじゃない!?」
「え、そう? この頃体重量ってないからわかんない」
「計ってきなよ!」




近くにあるから体重計に乗った。




「う、うわ……」
「どうだった?」
「五キロ痩せてた……」
「はあ!? ダイエットしたの!?」
「ううん、してない」
「いいなーうらやましー!」




そんな話をしながら温泉に入った。



この頃悩みごと多いからな。
痩せたんだろう。
体系なんか気にする暇なかった。





「うわー本格的ー」
「私露天風呂行きたい!」
「わたし泥風呂!」
「まずは身体洗わなきゃいけないでしょ」





みんなで並んで身体を洗ってからは別行動だ。
結構独り行動が好きな四人組だからな。



私は普通の室内の温泉に入る。




「あー……きもちいー」



癒されるーと親父くさくなる。
歌でも歌ってやろうかと思ったけど、人がいるのでやめておく。






「やっぱり誰かと一緒にいとけばよかった」





独りになったら、また嫌なことを考えてしまう。






今川は、周りに私とあの糞息子が結婚を前提に付き合ってるって言いふらしたんだよね。


周り、っていうのは有力会社のことだろう。



……ってことは、伊達にも届いてる可能性が高いってこと。



政宗や小十郎さんに知られていてもおかしくない。





政宗は私が小十郎さんが好きって知ってるからガセネタだって信じないだろうけど、小十郎さんは……。



……どう思うんだろうな。




信じるのかな、こんな嘘っぱち。







いや、興味がないのかも。
私っていう存在が記憶に無いんだろうな。
話を聞いたら、そんな奴もいたな、で済むんだろうか。





……ああ、これも違うかも。



小十郎さん、私にすごい怒り心頭ってかんじだったし。
私の名前を聞いただけで機嫌が悪くなるかもしれない。



それか、もう私の名を出さないようにみんなに言ってるかも。









「悔しい、な……」






もう想っても無駄だって分かってるのに、止められない。

馬鹿みたいに一途でいても報われることなんて無いのに。




あの馬鹿息子を好きになれたら、楽になれるのに。
そうしたらみんな幸せになれるのに。


私が頑固で、諦め悪いから、みんなに迷惑かけてる。










「……上がろう」






このままじゃ、号泣してしまいそうだ。
それに少しのぼせた。



身体だるいし。





友達には……まあいっか。
別に上がるって言わなくてもわかるだろうし。

部屋の鍵は私が持ってるし、大丈夫だよね。






「あー……やばい」




本格的に気持ち悪い。
ふらふらするし。




部屋に戻ったら少し寝よう。
みんなに心配掛けるわけにはいかないし、少しでも回復しないと。





適当に身体を拭いて浴衣を着る。






やばい死にそうだ。


倒れるわけにはいかない。
頼むから部屋までもって欲しい。




















壁を伝って何とか部屋の前まで着いた。

















「はあ……かぎかぎ、っと」




かばんを漁って鍵を取り出し鍵穴に差し込んだ。







「あ!」






鍵を回すと隣から男の人の声がした。


ああ、隣の部屋から誰か出てきたのか。
テンション上がって、若いね、ほんと。



私は死にそうだ。






私には関係ない、とドアを開ける。






「なあ、おい! なまえ!」
「え?」





名前を呼ばれて思わず声がした男の人を見る。




チャラい感じのお兄さんが私を見てた。



あれ、見覚えが……。











「俺! 成実! 覚えてない?」
「あ、成実!? うっそ、久しぶり!」
「よかった! 忘れられたかと思ったじゃねえか!」
「あはは、ごめんごめん」





成実は昔からテンションが高い。



いつもだったら楽しいんだけど、今は勘弁して欲しい。



寝たいんだ、私は。








「隣の部屋とかマジ運命だな」
「そ、そうだね」
「よし久しぶりの再会に俺の部屋で話そうぜ!」
「あ、いや……その」





だめだ、このテンション今はついていけない。


もう、最悪だ。






私に話す間を与えてくれるも無く、成実の部屋に押し込まれた。








「ちょっと……って、あれ」









やっと静かになったと思って後ろを向くと、成実がいなかった。





「え、え……どういうこと」




なんで成実が部屋に入ってこないの。
何で廊下にいるの。




「いいから部屋に入ってみろってー」
「はあ!? 意味わかんない! 開けてよ!」




開けようとしても、成実が抑えているのかびくともしない。
なんであんたの部屋に閉じ込めるの!


意味わかんない。






まて、考えろ。
なんで成実が閉じ込めるんだ。

理由を。



なんの理由も無く閉じ込めるわけ無い。




理由、理由。






何かが、この部屋の中にあるからだ。
そして、その物は私一人で見て欲しいものなんだ。



そうじゃないと閉じ込めるわけ無い。








……けど、今日は偶然会ったんだ。
何か私に渡したいものなんか用意してるはずない。






この場合は、人だ。
私に会わせたい人がいるから閉じ込めた。





政宗……なわけない。
あいつなら自分で出てくる。











閉じ込めてまで会わせたい人なんて……。




















「っ、やだ! 開けて!」
「悪ぃ! 無理だ!」
「やだ、やだやだ! お願い! 何でもするから!」





ドアを力いっぱい叩く。




けど、ドアが開く気配は全く無い。





いやだ、会いたくなんて、ない。









「おい、何騒いで…………」




「っ、あ」





少し不機嫌そうな声に反応して振り向けば目を見開いた小十郎さんが浴衣姿で立ってた。








「成実」
「悪ぃ! 梵の命令!」





小十郎さんの声が一段と低くなった。
成実も気づいたのか焦ったように言った。






……政宗にどこの温泉行くか伝えたの、私だ。

だから、あの時政宗はあんな簡単に引き下がったんだ。




もう、なんでここんなことするの。



全部説明したじゃん。


もう無理だ、って伝えたじゃん。









「はあ…………おい」



「っ!」






「……茶くらいは出してやる」
「おっ、おかまい、なく!」





ここから動くつもりは無い。

ってか、動けない。







「いいから来い」
「へ、っあ……ちょ」





引っ張られて部屋の中へ無理やり連れて来られた。

小十郎さんの力ならドアを無理矢理こじ開けて私を放り出すことだって出来るはずなのに。




(それをしてくれれば、どれほど楽だったか)
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