蝉声 | ナノ



04 前進



あれから、小十郎さんと伊達親子の攻防がしばらく続いたあと、会食はお開きになった。



……伊達親子、完敗だったし。




「ご馳走様でした」



一礼だけしてさっさと車に乗ろうとしたら、腕を掴まれた。






「なに? 政宗」
「ちょっと来い」
「わっ……!」


そのまま引っ張られて、建物の影に連れてこられた。
腕痛いんだけど。握力どんだけあんの。



昔から政宗の腕力は驚くほどすごい、いや、運動能力全般か。
体力テストじゃずば抜けてたし。



「なあ」
「なに?」



首を傾げると、政宗は言い難そうに眉間に皺を寄せた。


……何を言おうとしてるかなんとなく分かる。


政宗は私を傷つくかもしれないと言葉を濁しているんだろう。
ああ、やっぱり政宗は優しすぎる。





政宗はしばらく悩んだ後、私の目を見つめた。


これは、ストレートに訊いてくるな、と予想できた。




政宗は案外顔に出やすい。







「まだ小十郎のこと好きなのか」




ああ、やっぱり小十郎さんのことだ。







「好きじゃないよ」




精一杯の笑顔を見せてそう言った。
声は震えてないし、涙も滲んでない。



他人に好きだと言ってしまえば本当に取り返しがつかなくなってしまいそうで、否定した。

もう諦めるなんて到底無理になってしまう、と直感的に感じた。







「嘘つくな」
「嘘じゃないって」
「笑顔が下手なんだよ、馬鹿」
「いたっ」



突然のデコピンに少し涙目になってしまった。
痛いっつーの。
政宗は少しでいいから自分の馬鹿力に気付いて欲しい。




「好きなんだろ?」
「好きじゃないって」
「いい加減怒んぞ」
「怒るって言われても……」


今度は違う意味で眉間に皺を寄せてる政宗に溜息を吐きたくなった。

……どう答えたらいいんだ。



今でも好き。なんて、言えるはず無い


認めてしまえば、余計に辛くなる。
自分を保っていられなくなる。



そんな最悪の結果だけは避けなきゃ。



何とか、話を終わらせないと。
そう思って、政宗が納得する言葉を必死で探して、見つけた。






「今と、なっては、酷いフラれ方したのも、いい、おもい、で……だから……」
「……泣きそうになりながら言うな」



いつかそう思えたら良いな、と思い続けて未だに叶わない私の願い。



今でも昨日のことのように思い出せるあの時。
思い出になんて、できない。




苦しくて、涙がにじむ。





何やってんだ馬鹿。
政宗を騙そうとしてるのに泣いたら意味が無い。
地雷踏むなんてほんと呆れる。





「……まだ、好きなんだな」
「好きじゃないって……!」
「無理すんな」
「無理なんかしてない!!」




本当の事だから。と必死で伝えても、政宗は全然信じてくれない。




ああ、もう、こういう時に幼馴染って不便。
私の想いなんて簡単に全部バレてしまう。





「誰にも言わねえから、俺の前では素直になれ」




「っ……!」






頭を優しく撫でられて、遂に涙がこぼれた。


最悪だ。





「十年間、頑張ったのに……! 一生懸命忘れよう、って……!」
「ああ、頑張ったな」
「けど、忘れ、られなくて……!」




嗚咽が所々出ながらも、必死で押さえ込んできた十年分の感情を吐き出した。





「あんな、酷いこと言われたのに、嫌いに、なれなくて……」





何度、嫌いになろうって思ったか。


何度も何度もあの夢を見てしまって、怖かった。
いつも一人で泣いてた。

慰めてくれるお父さんとお母さんはもう、この世には居なくて、いつも独りで部屋に閉じこもった。





何度も、吐いた。


ご飯もろくに喉を通らなかった時期もあった。



けど、小十郎さんと過ごした日々は楽しかったことも嬉しかった事も多くて、何度も恋しくなった。






「こんな、自分が、きら、い……だいっきらい……」
「自分を責めんな」
「だ、って……こんな、未練がましい女なんて、ぜったい小十郎さんは嫌いだし……」
「Ha,小十郎に好かれてえのか」
「だって、好き、だから……」




これ以上嫌われたくない、と小さく呟けば政宗は少しだけ笑った。







「アイツ、愛されてんな」
「け、ど……あの人は、迷惑……だと、おもうっ……!」
「……そうか?」
「そ、うに決まってる……!」




だって、視界に入るだけで吐き気がするって言ってた。


さっきも、おじさんに一緒に食べろって言われてた時、嫌そうな声色だったし。
ほんの少ししか声は発してないけど、あれは嫌そうな声だ。


ああ、心が壊れそう。








「まあ、いいんじゃねえの、小十郎を好きでいて」
「そんなの、辛いだけじゃん……」





もう小十郎さんを想い続けるのは辛い。
苦しくて苦しくて、死にそうになる。



一刻も早く小十郎さんを忘れたい。



けど、そんな願いは多分叶わない。


そんなこと出来るはず無い。
私が小十郎さんを忘れること出来るならもうとっくに忘れてる。

十年間もこうやって忘れられずにいるのが唯一無二の証拠だ。




けど、たとえ無理だと分かっていても私は努力しないといけないんだ。





「ほんと、馬鹿だな」
「うるさい」
「諦められねえんだろ?」



政宗の念を押すような問いかけに首を横に振った。

本当は頷くべきだ。
けど、認めちゃだめだ。




「俺は、十年後も二十年後も同じこと言ってると思うけどな」
「う……」
「想ってるだけだったら誰にも迷惑かけねえし、良いと思うぜ」



にやにや嫌な笑みを見せながら頭をぽんぽんと叩かれた。

むかつく!




「それが辛いから悩んでんの!」
「へえ」
「なに、その反応」





左眉を上げてそう言った政宗を軽く睨む。
馬鹿にしたような笑い方だ。


何か言いたいことがあったら言えばいいのに。





「Hum……」
「もう! なに!?」
「Ha」
「っ!! なんなの!? 引っ叩くよ!」





ああ、いらつく!!
昔から政宗はよく私を怒らせて楽しんでた。
叩こうとしても政宗は運動神経いいからすぐ避けられて悔しい思いをしてきた。


小さいときは悔しくて泣いたときもあったっけ。
そのときは小十郎さんがよく慰めてくれた、というか、政宗を叱ってくれてすっきりしてた。




私がよっぽど悪いことをしない限り、小十郎さんは味方でいてくれた。




けど、その小十郎さんは今ここにいないから、自分で政宗に勝たないといけない。






政宗が何か言ってきたら何も反論できないように、むしろ怯んでしまうように速攻で返してやる。





さあ来い!





「小十郎のこと好きか?」
「好きだー!! …………って、え」





ちょっと、待って。
今私、すごいこと言ったんじゃ……ってか、言った。
言ってしまった。



顔に熱を感じながら政宗を睨めば肩を震わしていた。





「っ、くくっ……おまっ、ほんと馬鹿だな……っはは」
「政宗!!」






最悪だ。
勢いで、しかも大声でこんなこと言うなんて。


恥ずかしいし、小十郎さんに聞かれでもしたら……。



考えただけで顔の熱が引いていった。
熱だけではなく、血も引いていった。




「ほんっと、ありえない!!」
「扱いやすくて堪んねえよ」
「こっちだって堪んないよ!」



あんたとは違う意味でな! と言ってやった。
楽しそうにしている政宗に軽く殺意が湧いた。

殴ってやりたいけどどうせ軽々と避けられるのはわかってる。




「やっぱりなまえは直球じゃねえとな」
「は?」
「餓鬼ん時はいつも小十郎に抱きついて好き好きっつってたろ?」
「う、うるさい!」




あれで失敗したんだから、だめなんだ。
直球だと、うざがられた。


……小十郎さんは直球だろうがなかろうが、私という存在がうざかったんだろうけど。


ああ、またネガティブ思考に戻りそう。






「好きだって叫んだときのほうがアンタらしかったぜ」
「……うっさい」
「女は素直のほうがcuteだ」
「……ほっといてよ」




どうせ私は昔と違って素直じゃない。
別に小十郎さん以外の人に可愛いって思われてもなにも感じない。
……小十郎さんに可愛いと思われるなんて一生無いんだろうけど。



それに、素直になって幸せになれるならとっくになってる。




「諦めるの、やめとけよ」
「やだね! 絶対にやめない!」



意地でも諦めてやる!
手始めに、『片倉さん』って呼んでやる! と指を差して言った。



小さなことだけど、そういう積み重ねが大事だ。




「Han,やれるもんならやってみろよ。小十郎とまともに話せるならな」
「うっ……」





くそ、図星過ぎて言い返せない。

けど、言ってやる。
成長しろ私!


さっきよりも明るき気持ちで決心すると誰かがこっちに歩いてくる気配に気づいた。



ああ、足音で誰だか分かる。



どんどん背後に近づいてくる足音に私の頭はどんどん下がっていく。




足音は私の背中からそう遠くないところに止まった。






「政宗様、もう出発いたします」
「OK」
「それとなまえ、山本殿がもうホテルに戻ると仰られていたぞ」





いきなり声を掛けられて、肩が跳ねた。




顔を上げるとさっきまで私をからかっていた政宗が目で心配そうに大丈夫かと訊いてくる。
微笑めば、政宗は安心したかのような表情になった。



……何でか分からないけど政宗のお蔭で大分楽になったよ。
まあ、ただ一方的にからかわれてただけだったけど。



さすが幼馴染。


私が安心する方法はお見通しってことね。






なんだか、今度の決心は結構強いみたい。






ちょっと、震えてるけど、今なら大丈夫。



落ち着いて言える。笑顔で。





私だって、大人になったんだ。
あの時をいつまでも踏みとどまってるわけにはいかない。

前に進め、なまえ。





意を決して振り向いた。









「ありがとうございます。『片倉さん』」









最高の笑顔を浮かべて、言った…………と思う。



良かった、普通に話せた。
片倉さんって、違和感なく言えた。



一歩進めた。



他人からしたら進んでるように見えないだろうけど私にしては大きな一歩だ。



『片倉さん』だけじゃなくて、笑顔で言えた。



……笑えた。






「じゃあ政宗、またね」
「……See you」





小十郎さんに見えないように首と手だけを後ろに向けて政宗にピースしてやると、どこか複雑そうな顔をしてた。


……あたしが絶対小十郎さんと話せないと思ってたから、予想が外れて悔しいんだろうな。


ああ、なんだか嬉しい。

政宗をぎゃふんと言わせた!



満足して、お父さんのところへ向かうために前を向いて小十郎さんの横を通り過ぎた。



膝は笑ってるけど。
少し恐怖感は残ってるけど。


大丈夫。
成長した私。








「…………っ、手遅れ、か……」




政宗でも聞き取れなかった言葉が私に聞き取れるわけが無かった。



(血が滲むほど拳を握り締めた)
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