蝉声 | ナノ



05 思惑


一歩進んでから二週間後。






帰ろうと、書類を鞄に詰めてると隣のデスクの佐助が尋ねてきた。





「なまえさあ、この頃機嫌よくない?」



何かいいことでもあった? と聞いてくる佐助に私はあごに手を当てた。





「そう?」
「うん。笑顔でいることが多くなったよね」





……自分では気づかなかったけど、そんなに機嫌よかったかな。



一歩進んで肩の荷が下りたんだろうな。

そのきっかけは政宗と話したことから始まったんだし。
政宗さまさまだ。




……連絡先聞きそびれたのが唯一の心残り。
ああ、聞いとけばよかったな。






「そういえば、毎年見てる嫌な夢はどうなったの?」





確かこの時期だったんじゃないの? と心配そうに聞く佐助。

ほんと、面倒見がいいっていうか、なんというか。
最高にいいお兄ちゃんみたいな存在だ。


もしくはお母さん。




入社一年目のこの時期にテンションが著しく落ちた私を心配してくれた佐助。
内容は伝えてないけど嫌な夢見るって言えばそれから毎年、この時期になったらすごく優しくなる。
今年でもう三回目。


政宗に匹敵するくらい優しい。










「あーそれなら今年も見たよ」
「あれ、吹っ切れた感じ?」
「うん、今年は何とか」
「そっか、良かったじゃん」
「うん」





いつもならそれを見た後一週間は今にも死にそうな勢いだったからな。

見る前は、また今年もあの夢を見るのかって、テンションが下がり、見た後は、また思い出してテンションが下がり。っていうスパイラル。



私ほんと毎年頑張ってるね。




多分この夢は命日のたびに見ることは一生続くんだろうけど。
なんだか、これからは乗り切れそうな気がする。


今日はケーキ買って帰ろう。


なんて思いながら、帰り支度を終えると、お父さんが来た。







「山本」
「あ、お父……じゃなくて、山本秘書」


やばい、またお父さんって言いそうになっちゃった。
もう入社三年目なのに何やってんだろ私。



お父さんは呆れたような顔をして私に封筒を差し出した。



「お前に届けものだ」
「へ? 私に?」
「ああ。山本の苗字だけで判断されたらしいな。俺のものに紛れ込んでいた」
「あ、そうですか。ありがとうございます」




慣れない敬語をお父さんに使ってお礼を言った。
顔、引き攣ってただろうな……。




お父さんが曲がり角を曲がるまで見送って自分のデスクに帰った。






「なになに? 手紙?」
「うーん。多分そうじゃない?」



今すぐ帰ってケーキを買いに行こうと思ったけど、これを確認してからにしよう。
椅子に座って封筒のあて先を見ると、伊達政宗と書かれていた。




「あ、政宗からじゃん」
「政宗?」
「うん、幼馴染」
「へー、今時文通?」
「いや、そんなやり取りする仲じゃないんだけどな」



封筒を乱雑に破って中身を取り出した。



「映画の前売り券?」
「あーそれ、今注目のやつだよ」
「へー、SF?」
「うん。あ、手紙も入ってるよ」
「ほんとだ」



封筒の中を覗いてみると、手紙と新幹線のチケットも入っていた。



宮城、東京間の新幹線のチケット……。
なに? 来いってこと?



なんて思いながら手紙を開くと、電話番号とメアドが書いてあった。
なに? 掛けろってこと?


相変わらず言葉が少ない。

だからみんなに誤解されるんだよ。




「ちょっと電話掛けてくるね」
「んーわかった」



佐助に断ってから廊下に出て書いてあった番号に電話を掛けた。

今、政宗出るかな。
大事な会議とかやってたら絶対出ないだろうな。



出ないことを見込んで何度か呼び出し音聞いていると、呼び出し音が切れた。






『Hello』
「もしもし、政宗? なまえだけど」
『Oh,なまえか。つーことは、手紙届いたんだな』
「うん。急に送られてきてさっぱりなんだけど」


二枚のチケットを見ながら政宗にそう言った。

何で二枚?
誰かと行けるようにわざわざ手配してくれたの?



なんて優しいんだ、と思っていたが、違ったらしい。





『来週の土曜、その映画一緒に見に行こうぜ』
「はあ? ちょ、幾ら文明が発達したからって宮城と山梨は遠いんだけど。お金も馬鹿にならないし」
『Ah? だからticketも同封してやっただろう。まあ、最寄の駅までは自力で行ってもらうがな』
「……自分勝手過ぎない? もし私が休日出勤だったらどうするの」
『そん時はそん時だ』



飄々と言う政宗に溜息が出た。
ああ、こうやっていつも振り回されてたなあ。


小学の時だって政宗に乗せられて何回立ち入り禁止の場所に入ったか。
後々、こっ酷く叱られたけど。


小十郎さんから拳骨食らったときもあったなあ。




もう今は政宗とは立場が違うから昔みたいに一緒に悪いことなんかできないな。



政宗は時期社長だし。
忙しいんだろうな。



そう思ったところで、一つ疑問が湧いた。



「つーか、アンタ仕事は?」






政宗は忙しい。
そりゃまだ社長じゃないし、輝宗おじさんの方が忙しいんだろうけど。
なんといっても次期社長だ。


私なんかと遊んでる暇なんて無いはず。




すると、政宗の士気の下がったような声が聞こえた。




『……Shut up』
「サボったら、怒られるよ」
『一日くらいどうってことねえよ』
「次期社長とは思えない発言だね」





まあ、あんな父親からだったらこんな子しか生まれてこないか。
もっと真面目な子に育てようと思っても、遺伝子はどうにもならないしね。


……小十郎さんも大変だろうなあ。




この前の凛々しい小十郎さんを思い出して、胸がきゅんとなった。


ああくそ、本人がいなかったら普通の恋に変わってしまう。
諦めるって決意したのに。





……まあ、この前よりかはましかな。
突然の再会から二週間たって、いろいろと気持ちの整理もついたし。
他人からしたらほとんど変化無いんだろうけど私の中ではほんの少しだけど吹っ切れた気がする。



十年間悩んでたことなのに。
ああ、幼馴染の力って計り知れないんだね。
まさか、少し話すだけでこんなにも違うなんて。


けど、まだ小十郎さんに会ったら、震えてお得意のネガティブ思考になるんだろうな。
まあ、それは『会ったら』だから大丈夫のはず。

もう会うことは無いだろうと思うし。






『Hey,どうした』
「あ、なんでもないよ」
『そうか。これ以上話してると小十郎がうるせーから切るぞ』
「わかった。仕事、サボっちゃだめだよ」
『……OK』



サボるな、こいつ。と思って電源ボタンを押そうとした瞬間、政宗から声が掛かった。





『粧し込んで来いよ! あと、メアド送って来い。mailするからよ!』



一方的に捲くし立てて、そのまま電波は切れた。



……粧し込んで来いって、どうすればいいのさ。
そりゃ出かけるんだし、できるだけのお洒落は心がけるけど、スカートなんか穿かないから。
つーか、穿けない。




スカートなんて高校以来穿いてないし。
ジーンズでもいいか。

政宗は色気の欠片もねえって怒るだろうけど。




まあ、政宗ごときに気なんか使わなくてもいいよね。



ラフな格好で行こう。




ああ、けどなんだか楽しみだ。
政宗と遊ぶなんてもう一生無いと思ってたから。


早く来週の土曜日にならないかな。



そう思ったとき悪寒が走ったので振り向くと、網戸に二匹の蝉が止まっていた。




……なんだ、気のせいか。




(二匹の蝉の距離が近くなっていくのが視界の端に入った)
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