蝉声 | ナノ



09 奇遇


「面倒くさいねえー」
「うん。うちと契約を交わすに値するか再度確認する、ってなんなの」
「ほんとほんと」
「もううちのほうが何もかも上なのにね」
「いつまで昔の栄光に縋ってるんだか」



仕事をしながら佐助と愚痴る。



今日は、うちの会社に今川財閥のトップ連中が来てる。
しかも、来た理由が最悪。
まだ、契約の内容を確認するため、とか言って絆を深めに来るんだったらわかるよ?
本当にあいつらの言い草がむかつく。



捨てられたら困るから、頼みに来たんでしょうが。
織田に潰されそうだから切羽詰ってるんでしょ。

素直にそう言えばいいのに。

プライド高すぎて、ほんとどうしようもないよ。





絶対会社中のみんなそう思ってるよ。



なんか、会社中の空気がピリピリしてるし、居心地悪すぎる。

早く帰ってくれないかなあ。








「おい、山本」
「は、はい! 何でしょう」
「悪いが、これを広報部に持って行ったついでにこの前の資料返却の催促頼む。あと、この前のプロジェクトのサンプル、倉庫から持ってきてくれ」
「わかりました」



面倒くさいけど、仕方ないか。
部長から封筒を受け取って、オフィスを出る。



あーあ、ここから広報部って遠いんだよなあ。
っつっても、エレベータに乗って少し歩くだけだけど。



けど、面倒くさいことには変わりない。

ため息をつく。




品のいい音が鳴って、扉が開いたエレベーターに乗り込んだ。






階数が変わっていくのをランプで確認する。







「あー……小十郎さん、格好良かったなあ……」



壁にもたれて呟く。


ああ、だめだ。
こうやって一人になると、小十郎さんのことばっかり考えてしまう。


実際に会うと、気の利いた一言も言えないんだけど。

この前だって、ラーメン屋を出てから交わした言葉は『今日一日ありがとうございました』だけだったし。
……まあ、あの時は舞い上がりすぎてたから仕方ない部分もあるけど。




目的の階に着いて、エレベータのドアが開いた。




「……はあ」




仕事中なんだから、小十郎さんのこと忘れないと。




頭を振って広報部へ続く廊下を歩く。




++++









資料を渡し、催促も終わって今度は倉庫に向かおうとすると、引き止められた。



「山本殿!」
「あ、真田君。どうしたの?」
「いや、大したことではないのでござるが」



少し言いにくそうに視線をしたにずらした。



なんだろ。
何かあったのかな。


真田君ってなんでもはっきり言うのにこんな言葉を濁すなんて珍しい。





「今、今川財閥が来ていらっしゃるでござろう?」
「うん、そうだね」
「その息子が、会社内を供をつけずにうろうろしているらしいのだ」
「え!? ほんとに!?」
「某もうわさで聞いたので真偽はわからぬが、気をつけたほうがよろしいでござろう」
「うん。ありがとう」



軽く笑ってから広報部を出て、倉庫へ続くエレベータに乗った。





ああ、良かった、聞いといて。


もし知らずに息子と会って失礼な態度取ったら大変だ。



まあ、経済力でもなんでもうちのほうが上だけど、一応一つの財閥の血筋だし、契約者なわけだし、大切に扱わないとね。
大切に扱わないと、お父さんに後で怒られるだろうし。





つーか何で息子も付いてきてるわけ。
まだ、話し合いに同席して見学するなら、まだわかるよ?


社内をうろうろしてるなんて何考えてんの。



……ほんと、躾がなってない。
あの家系はみんなそうなんだろうか。
だとしたら、何で今まで倒産せずに済んだのかが不思議だ。



もう、契約切ったほうがいいよ。
このままズルズルと関係を続けてもうちに利益なんてほとんどないだろうし。






お館様は優しいからそんな事しないんだろうな。
自分たちが不利益を被るってわかるまでは、まだ少しでも利益があるうちは契約を切らないだろうな。
……感謝しろよ今川の馬鹿。






小さく舌打ちをして、倉庫の扉を開けた。



息子に会ってややこしいことにならないようにさっさと資料探して帰ろう。



ファイルの背表紙を見たり、ファイルを開いたりするとドアが開いた。




倉庫使うことって中々無いはずなのに、珍しいな。




軽い好奇心で入り口を見てみると、見覚えの無い男の人がキョロキョロと見回していた。


「あ」



男の人は私に気づいて、歩いてきた。




……うわ、嫌な予感しかしない。





「お前は、この会社の者か」



この高圧的な話し方。
皺一つ無い高級そうな生地のスーツ。
育ちのよさそうな雰囲気。
苦労なんて知らなさそうな顔。





ああ、もう。
こいつ、今川の息子だ。






「はい」



できるだけ笑顔で答えた。






「そうか! では一体ここはどこだ!」








……迷ったのかよ。


案内係一人でもいいからつけたらこんなことにはならなかったのに。

来たことない場所を一人で歩いちゃ迷うっていう考えは無かったんだろうか。




そんな感想は胸の内にしまって、笑顔を作った。





「ここは地下の倉庫ですよ」
「おお、通りで明かりが無いと思った」
「もし良ければ、社長室まで案内致しましょうか」




……これ以上迷われて社内に迷惑かけて貰いたくないし。

さっさと馬鹿親のところに帰れ、馬鹿息子。




「いや、まだ父上のところには帰りたくない」
「え」
「そうだ! お前、俺を案内しろ!」
「ええ!?」



なんて無茶苦茶な!
何で私が社内案内なんかしなくちゃいけないの。

絶対嫌だ。

それだったらまだ残業してるほうがましだ。



ちょっとでもヘマしたら会社に迷惑かかるんでしょ?
私には早すぎる責任の重さだっての。





「なんだ、嫌なのか」
「いっ、いえ。けど私には力不足では……」



少し不機嫌になられて、たじろいでしまう。




「いや、こういうのは平にやってもらうのがいい」




そこそこの重鎮に案内をさせるとつまらなくて仕方ない。と、ため息をついた。
そらボロを出さないようにできるだけ詳しくは説明しないからね。




どうしよう、本当にやりたくない。
なんかいい理由が無いの!?





「しっ、仕事が……」
「仕事?」
「は、はい。まだ勤務中でして」



探し出した資料を見せながら言う。
どうか空気を読んで。





「そうか」




少し考え込んだ息子。
ああ、良かった。
何とか諦めてくれそうだ。





「なら、その資料を送り届けたあと、案内しろ」
「え」
「それならできるだろう!」



決まりだな! と、子供のような笑顔を見せた馬鹿息子。




何で仕事が資料運びだけなんだよ!
違うに決まってんじゃん。


あーもう、これだから世間知らずは……。




けどまあ、そんなことは言える訳なくて。


提案された時点で私に拒否権はない。





「……はい、喜んで」



(相手の気持ちを考えないで満面の笑みを見せる目の前の人を引っ叩いたらどうなるんだろうか)
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