蝉声 | ナノ



08 変動



映画の内容なんて頭に入ってくるわけ無かった。



馬鹿な考えを消すためにひたすらポップコーンを食べた。
小十郎さんを横目でこっそりみたけど、やっぱり映画の内容に夢中だった。


私なんかいないも同然の扱い。
けど、その方が今の私にとっては心の底からありがたい。






そんなこんなで、何とか映画を乗り切って、今は小十郎さんの車の中。




話題が無い。


行きもかなり気まずかったけど今のほうが気まずい。



まあ、行きと帰りで気まずさの差を感じてるのは私だけだ。
小十郎さんは私のこと嫌いだから、気まずさよりも嫌悪感のほうが勝ってるんだろう。




ああ、だめだ、また消極的になってしまう。







ため息をかみ殺した。







「山本」




「は、はい!」






いきなり話しかけられて肩が飛び跳ねた。




「……飯、食ってくか」
「え?」
「いやならいい」
「い、いえ、私で、よ、よければ!」
「そうか」






こ、小十郎さんからご飯に誘われた……!


なんで?
一刻でも早く私と離れたいはずでしょ。

なのに、私をご飯に誘ってもいいの?
嫌じゃないの?
一緒にご飯食べてもいいの?




だめだ。
単純すぎる自分が嫌になる。

小十郎さんが私に好意を持ってるなんてありえない。








なんて思っていると車がバックし、停車した。



あ、着いたんだ。




車を降りると、目の前にはラーメン屋。

小十郎さんって、ラーメン好きだったっけ?



十年前はそんな好きって感じじゃなかったのに。
私が誘ったら行くくらいだったのに。


やっぱり、十年も経てば味覚も変わるんだ。
私が知らなくても当然か……。




ああ、寂しいな。





店に入ると、ラーメン屋特有の熱気が全身を包んだ。






「いらっしゃいませー。二名様でよろしいですか?」
「ああ」
「ではお好きな席へどうぞー」





テーブル席に座ると、店員さんが水を運んでくれた。





「注文頼む」
「はい!」




え、ちょ……私まだ決めてないんだけど。
メニューすら見てないのに!


ど、どうしよう。
早く決めなきゃ。




「塩ラーメン二つ」
「かしこまりました!」




え……ふ、二つって、私の分も入ってるんだよね?


なんで、勝手に決めるの?
ま、まあ、どうせ私は塩ラーメン好きだし、頼んでただろうけど。



メニューに伸ばそうとしてた手を引っ込めて水を取る。

緊張で渇ききってた喉を潤す。




もちろん、ラーメンが来るまでの間、私たちには会話は無い。
ああ、慣れない。
今日何回も無言の時なんて会あったのに。



ため息も満足につけない。

本当に息が詰まる。



まあ、まだ店内が騒がしいから救われる。





小十郎さんをこっそり見ると、テレビのニュースを見ていた。

……お父さんみたい。



けど、かっこいい。
なんていうんだろ、大人の色気?
十年前よりも味が出てて格好良くなってる。
……この表現が正しいかはわからないけど。



まあ、とにかくめちゃくちゃ小十郎さんが格好いいってこと。







「塩ラーメン二つ、お待たせしました!」





あんまり見てると目が合うかもしれないから視線を逸らして店内の様子を眺めていると、私たちの席にラーメンを二つ持った店員さんが来た。



「ごゆっくりどうぞー」




うわ、おいしそう。

それぞれで、いただきますと合掌してから一口麺をすすった。







「お、おいしい……!」




なにこれ、こんなおいしい塩ラーメン食べたの初めて。

私の好きな味だ、これ。




やば、こんなカップラーメン売ってないかな。
それか家の近くにもここのチェーン店作って欲しい。


週三で通うよ、ほんと。







「美味いか」
「えっ、は、はい!」
「そうか」




小十郎さんは、微笑んで返事をくれた。


その表情に心臓が飛び跳ねる。





「この店、三年ほど前に成実に連れられてきてな」
「そ、そう、ですか」



成実って懐かしいな。
いまもまだチャラチャラしてるんだろうか。






「その時にもこれ食べたんだがよ、一口食ってお前が好きな味だと思ってな」





予想が当たったな。とまた小さく笑った。





「そっ、です、か」





ああ、だめだ。
しぬ。



ほんとに死んじゃう。






三年前って、どういうこと。




なんで三年前にも私のことを覚えてるの。


嫌いなやつのことは記憶に残りやすいんだろうけど、何で。
何で私の味覚まで覚えてるの。



これといい、さっきといい。

本当にやめて欲しい。




私、馬鹿だから。
立場を弁えないから。


小十郎さんにそんなこと言われると馬鹿正直に期待するから。





心臓の血液を送り出す音が生々しく聞こえる。
絶対顔赤い。







こんなことされたら、絶対諦められない。


初めから諦められる確立なんてほとんど無かったけど、今日で皆無に等しくなった。





諦めなかったら、小十郎さんに余計に嫌われるのに。

報われるわけ無いのに。




こんな想いを持っても無駄なだけなのに。




……期待するな、私。

これ以上幸せから遠ざかってどうする。




どれだけ足掻いても小十郎さんに好かれることなんて一生無いんだから。











「っ……」





小十郎さんの顔なんか見れる訳なくて。

俯いてひたすらラーメンを啜る。





さっきまでめちゃくちゃおいしかったラーメンの味が無くなった。






ああもう。
何で私が小十郎さんの一言でここまで、感情が振り回されるんだ。
本当に馬鹿だ、私。



どうせ、小十郎さんの言ったことなんて何気ないことなんだ。





そうだ、小十郎さんにとっては、私なんて過去の人間でしかないんだから。
もう多分、嫌悪の対象でもなくなってるんだ。



眼中にも無い存在。





だから、小十郎さんの言ったすべてに他意はない。






だから、頼むから、私よ、これ以上私が傷つくような思考に向かわないで。





小十郎さんは私のことなんて見てないんだから。



そう言い聞かせながらも、駅で出会ったときとは違う鼓動を感じて、自分自身を殴ってやりたくなった。


……こんな風になるんだったらこの前みたいな恐怖にも似たような感覚でいたほうがよかった。


いつの間にか止まってる、身体の震えと汗にため息をつきそうになったけど、必死で押さえ込んだ。




(誰か私が傷つかなくなる方法を教えて)
[ 8/25 ]
[*←] [→#]
[戻る]
×