旦那の岡惚れ | ナノ




10 あなたの好きなものが好き




終業式のために体育館に向かう途中、慶次殿が口を開いた。



「今日で一学期も終わりだなー」
「そうだね。旦那は嫌なんじゃない? 夏休み」
「なぜ嫌なのだ? 部活がたっぷり出来るではないか」
「あれ? 意外と普通なんだ」


慶次殿も驚いたように俺を見ていた。
なぜそのように驚くのだ。

中学の時から俺はいつも夏休みが楽しみだったではないか。



「一体なんでござるか?」
「旦那、、姫さんと一ヶ月以上会えなくなるんだよ?」


寂しくないの? と佐助が首を傾げた。


……姫に一ヶ月以上会えなくなる?


「う、迂闊だった……!」


そうか! 姫は部活をしていらっしゃらないと前に佐助に調べてもらったではないか。
では、姫は夏休み中、学校に来る用事がないではないか!


「ひ、ひと月以上も姫に会えぬとは……!」
「今気付いたんだ」
「好い人に一ヶ月以上も会えないのは結構キツイぞ?」
「ぐっ……!」


なぜ忘れていたのだ!
俺は、何を癒しに生きていけば……!

悔しさのあまり、壁に拳を叩き付けたい衝動に襲われたが、必死で押さえて俺達は体育館に入った。



「あらら、相当悔しがってるね」
「恋ってもんはそういうもんだ」
「へぇ。ってかさ慶次、もう体育館着いたんだけど」
「それがどうした?」
「あんた『ま』でしょーが。俺様達は『さ』なんだから早く自分の場所行きなよ」
「別に名前の順に並ばなくたって良いだろ? バレねぇって!」
「バレると思うけどな。ま、バレても俺様たちも巻き込まないでね」
「おうよ!」



俺、佐助、慶次殿と前から順に並び、座る。


ああ、もう姫に会えぬようになるのか……!
俺はもう死んでしまうやもしれぬ。

あの笑顔を長い間拝見できぬなど、考えられぬ!


「旦那、落ち込み過ぎだって」
「姫に会えなくなるなど落ち込まずに居られるわけないだろう!」
「旦那、声大きいよ」


佐助に、しーっと言われ回りの視線に気付いた。
ま、またやってしまった……!

姫の事がバレてしまったのか!?


「真田、よっぽど犬が好きなんだな」
「へ!?」


犬? 俺は一度の犬の話を出した憶えはないが……。
なぜこの右隣の男子は犬の話を出したのだ?


「某、犬の話を出した憶えは…………むぐっ!?」
「そーそー! 旦那ってば犬が好き過ぎてさー。あはは……」


一体佐助は、何を考えているのだ!
確かに、犬は嫌いではないが好きすぎるというほど好きではないぞ!!

どちらかと言えば、普通だ!


「んーっ! む"ぅ!!」
「あ、旦那ごめんごめん」
「佐助! 嘘は……!」
「はいはい、しー。良いから黙ってなさい」



また周りから注目されるよ。と言われて仕方なく黙った。

言い包められたような気がするが、もう直ぐ全校生徒が集まるのに騒ぐ事は出来ぬな。
終業式が終われば、問い詰めてやろう。


そう思ったとき、左隣に男子が座った。

俺は六組のため、左は二年一組だったような。

姫のクラスではないか……!
ということは、俺のクラスの生徒の誰かが姫の隣に座るのか。

……羨ましいっ!



姫はどこにいらっしゃるのかと前後を確認すると、斜め前に見覚えのある髪型をした女子が座っていた。
あれは、姫の友人では……?

確か、姫の友人でしのっちと仰ったような。


「しのっちー!」
「むっ!?」


今の、声は……!



「なまえ。何でここに来てんのよ」
「えーだって私の周りに友達居ないし。しのっちの近くの方が良いかなと思って」
「先生に怒られても知らないよ?」
「んー別に気付かないって」




俺の近くに姫が!
今日も一段とお美しい……!


目だけで姫の様子を伺っていると、俺の隣の男子に姫は話しかけた。



「ねーねー、場所代わってくんない?」
「別に良いけど……」
「わーありがとう! お礼に飴あげる!」
「いらねぇよ」


男は立ち上がって後ろに歩いていった。

あ、あの男……!
折角姫が贈り物をしてくださるというのに、断ったな!

かのような無礼、許せぬ!


立ち上がって制裁を与えようとすれば佐助に止められた。


「旦那、むかつくだろうけど落ち着いて」
「しかし……!」
「ほら、隣見てみなよ。あの男が退いてくれたお蔭で姫さんが隣に座れたんだよ?」
「え?」


佐助の耳打ちに俺は視線だけ横に向けた。
ひ、姫が俺の隣で友人と仲良く話しておられるではないか……!


「ね? そう考えると怒りも治まるでしょ?」
「う、う……うむ」


俺は考え直して、座りなおした。
座ると姫から苺の香りがした。

その香りで俺の体が緊張した。


ひ、姫が隣に……!



心臓が非常ベルのように激しく動いている。
過呼吸で倒れてしまいそうだ。


しかし、倒れてしまいそうなのだがそれ以上に幸せだ……!



「旦那、旦那、深呼吸」
「あ、ああ……」


佐助に耳打ちされて肺の隅々まで酸素が行き渡るように空気を吸った。
吸った分を吐き出すが、今だ心臓が激しく動いている。


深呼吸しても緊張が収まらぬではないか……!


どうすれば良いのだ!?

血液の循環が良すぎて体が熱くなってきたぞ……。


姫に顔が赤くなっているところを見られたくなくて、俺は俯いた。

今、政宗殿や元親殿が近くに居られたら必ず馬鹿にされる……!


「あれ?」


姫が突然声を出されたので肩がびくりと上がってしまった。
こ、こんな至近距離で姫のお声を拝聴できるとは……!


「ねえねえ」


ひ、姫に話しかけられるなど羨ましい!
一体誰に話しかけられていらっしゃるのだろうか?


見たいが、緊張して顔が上げられぬ。
後で佐助にでも訊いてみるか。


そう思った時、後ろの佐助から背中を突付かれた。


「な、なんだ……」


筋肉が緊張して振り向けない俺は佐助に聞こえるように声を出した。


「旦那、姫さんに話しかけられてるよ」
「なっ!?」

佐助に衝撃の一言を言われて姫の方を向くと、姫が俺を見ていらっしゃった。


「あ、う……え……?」


目が合って、早かった血流が更に早くなった。


「あーやっぱり真田君だー」
「え!? あっ……や、あの……お、おおおお久しぶりで、すっ!」
「あはは、噛みすぎー。それに顔も真っ赤だし。どうしたの?」


心配してくださった姫は俯き加減の俺を覗き込まれた。

う、うう上目遣い!?
この前、慶次殿が女子の上目遣いは凶器だと言っておられたが……こんなにも殺傷能力が高いとは……!


鼻血が出ていないか、鼻に手を添えたが独特のぬめりはまだ感じられなかった。
良かった。姫の前で無様な姿は見せられぬ。


「大丈夫?」
「は、はっいっ!」
「そっか、なら良いや」


にっこりと微笑まれた姫。
ああっ! なんとお美しい笑顔なのだ!



「あ、そうだ。真田君ってさ」
「は、はい! 何でございましょう!」
「真田君って犬好きなんだね」
「へ!? は、はい!」


姫のお美しい笑顔に、思わず肯定してしまったが……。
なぜ、姫も俺が犬好きだと……?

そんなに俺は犬好きのような顔をして居るのだろうか?


「そうなんだー。私と真田君って趣味合うね」
「え!?」
「私も犬好きなんだー」
「そっ、そそそそうでございますか!」
「うん。ってかさ、真田君も犬に似てる」
「そ、そうでござりましょうか……?」
「柴犬に似てるよ」


お、俺は柴犬に似て居るのか?

……姫がそう仰るのならそうなのだろう。
俺が柴犬に似ておるから、みなは俺が犬好きと勘違いされたのか?

別に、犬は好きでも何でもなかった。
動物の中で一番好きなのは虎だったはずなのだが、今変わった。


犬が動物の中で一番好きだ!



「なんか、見れば見るほど柴犬に見えてくる」


くすりと笑った姫に釘付けになってしまった。
目を逸らさねば怪しまれると思っていても、その笑顔に目が離せぬ。


姫の好きな犬になれば、この笑顔を毎日拝見できるのだろうか……!
もしかすると、抱き上げてもらえることも……?


だ、だめだ。
これ以上こんな破廉恥な妄想をすれば、爆発してしまいそうだ。


鼻から口にかけて手で押さえていると、影がかかった。



「おいみょうじ! お前の場所はここじゃないだろう」
「げ……先生……」
「げ、じゃない。早く自分の場所に戻れ」
「えー見逃してよー」
「出来るわけないだろ。もう直ぐ終業式が始まるから早く戻れ」
「うー最悪ー。じゃあね、しのっち」
「うん」


そう姫さんが仰ると、友人は振り向きもせずに手を振った。

もしや、俺が挙動不審で目立ったから姫が怒られてしまったのか?
くっ……! 俺はなんと悪い奴なのだ……!


制裁を受けねば!
佐助に殴ってもらうために振り向こうとすれば、姫が俺の方を向いたので向けなくなってしまった。



「じゃあね、真田君」


右手をひらひらと振り姫はにっこりと笑って後ろの方へ去っていかれた。


ひ、姫が、俺だけのためにお手を振って……!
なんとお優しいのだ!!



「さ、佐助」
「なあに?」
「鼻血は出ておらぬか」


振り向いて確認をとると、佐助は苦笑いをした。



「一応、大丈夫だよ」


今にも鼻血でそうな位顔真っ赤だけど。と付け足された。




(あの笑顔、写真に残しておきたい……!)
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