旦那の岡惚れ | ナノ




09 ねこみみの破壊力





「佐助! 次はクレープを買いに行くぞ!」
「はいはい、分かったから落ち着いて。廊下は走ったちゃだめでしょ」


佐助にそう言われて俺は仕方なく足を止めて後ろから佐助が追いつくのを待った。

只でさえでも大勢の生徒が並んでいるというのに、急いでいかねば食うのが遅くなってしまうではないか!


「佐助! 早くしろ!」
「そんな急がなくてもクレープは逃げないって」
「俺は早く食いたいのだ!」
「……そんなことは、その両手にいっぱい持ってる物を食べてから言いなよ」
「う……」


確かに、まだ焼きそば、たこ焼き、チュロス、胡麻団子があるが……。
俺は今、クレープが食いたいのだ!



「早くせねば、文化祭が終わってしまう!」
「今まだ、一時だよ」
「しかし、もう終わるまで三時間を切っているではないか!」
「あは、旦那の感覚分かんない」



苦笑いをした佐助を無視して、佐助の腕を引っ張りクレープが売っている教室に向かった。




「あ」
「どうした、佐助」
「ちょっと、止まって。今姫さんが見えた」
「な、なに!? どどどどこにいらっしゃるのだ!?」


周りを見渡すがどこにもいらっしゃらない。
なぜだ! 佐助には発見できてなぜ俺には発見できぬのだ!


「旦那、そんなに首振って見渡してるとといつか取れちゃうよ」
「お、俺の首がどうなろうとかまわん! どこにいらっしゃるのか早く教えろ!」
「ほら、ここの教室。女の人と話してるでしょ」
「お、おお!」



姫が笑顔でお話されている!
今日も姫にお会いできるとは……!

この幸村、世界で一番幸せだ!



「じゃあ、クレープは後にしてここ行く?」
「う、うむ。……して、ここは何の店だ?」
「世界の猫って書いてる。多分、世界の猫のクイズかなんかじゃない?」
「ほう、では行くぞ!」


教室の中に入れば、色々な猫の写真が貼られていた。


「おお、見たことない猫の写真がいっぱいあるぞ!」
「そうだね。あ、この紙にこの猫達の名前を書くみたいだよ」


佐助は机に置いてあった紙を二枚取り、一枚を俺に渡した。

紙には『一〜十までの猫の名前を答えてね。全問正解なら豪華商品! 全問不正解なら罰ゲームがあるので頑張ってくださいね』と書かれている。


「罰ゲームとはなんだ?」
「多分、姫さんが今受けてる奴じゃない?」
「む!? 姫は罰ゲームを受けていらっしゃるのか!?」
「ほらあっちで叫んでるでしょ」


佐助が指差す方向を見ると姫はかなり嫌がっていらっしゃる様子が伺えた。
店員に腕を捕まえられて何かされそうだ。

な、なんと! あのように嫌がることをやらねばならぬのか!


「姫さん、全問不正解だったんだね……」
「い、嫌がることを強要されているならば助けなければ……!」


姫の方へ走り出そうとすれば佐助は俺の襟を掴んで止めた。


「旦那、待って。今助けに行ったらだめでしょ」
「な、なぜだ! 姫が嫌な事をされそうになっておられるのだ! 助けねばなるまい!!」
「これは罰ゲームなんって。姫さんも罰ゲーム承知でこのクイズに挑戦したんだから、ちゃんと罰は受けなきゃ」
「し、しかし……!」
「それに、今助けたらみんなに旦那は姫さんの事が好きってバレちゃうよ?」
「ぐっ……! それはならぬ……!」
「なら、落ち着いて見守りなさいって」



仕方なく、俺は走り出そうとした身体を止めた。
くそっ……姫、申し訳ありませぬ!!

助ける事が出来ぬ俺をお許しくだされ!!


拳を作ると、姫の声が聞こえてくる。



「先輩! 見逃してくださいよ!!」
「だめだって。間違いは間違いだから。諦めて罰ゲーム受けなさい」
「『アメリカンショットヘアー』書いただけじゃないですか! 一文字違いじゃないですか!」
「間違いは間違いだからね。はい。これつけて」
「ほんと、これだけは嫌ですって!」


一体、何を渡されたのだろうか?

生徒が陰になって見えぬ。
とにかく、何か嫌な物を渡されていらっしゃるのだな。


先輩と言う生徒も、あれだけ嫌がっていらっしゃるのになぜそこまで強要するのだ。
見逃しても良いのではないか?


「先輩命令だから、なまえ」
「うっ……そんな……!」
「はい、早く」





その後、姫の少し唸った声が聞こえた後に、姫の周りの生徒達から笑い声が聞こえてきた。

なんだ、何があったのだ!


「旦那、気になるなら見に行きなよ」
「し、しかし……」
「ほら、俺様も気になるし」
「う、ううっ……」
「ほら、行くよ」


佐助に手を引かれて姫のところへ近寄っていった。

笑う生徒の間から姫の様子を覗いた。


「なっなっなっ!?」
「あらー……」


全身の筋肉が硬直した。
なんだ、これは。

夢か? 夢を見て居るのか?


なぜ、姫から猫の耳や尾が生えているのだ!?
それに、猫の手も嵌めていらっしゃる




「せ、先輩。もう取ってもいいですか?」
「だめ、まだ写真撮ってないから」
「ええ!? 写真撮るんですか!?」
「この格好で写真とって廊下に晒すまでが罰ゲームだから」
「ひ、酷い!! そんなのいじめじゃ……!」
「罰ゲームだから」


姫が頬を赤く染めて恥ずかしがっていらっしゃる。

か、か、可愛らしいっ……!!


「ちょっ、旦那!?」
「む……な、なんだ?」
「良いからこっち来なさい!」


佐助に手を引かれて教室を出た。

一体なんだ、佐助は。
異様に焦っておるが。

何かあったのか?


そう思って居ると、人気のない階段についた。


「なんだ? 何かあったのか?」
「ちょっと、旦那気付いてないの? 鼻血出てるよ」
「むっ!? 鼻血!?」


鼻の下に触れてみると、ぬめりがあった。


「む……なぜだ?」


鼻をどこかで打った訳ではない。
なのに、なぜ鼻血が何の前触れもなく出たのだ?


「姫さんの猫の姿に興奮したから出たんじゃない?」
「なっ!? 何をっ……!」
「はいはい、落ち着いて。余計出てるから」


佐助にティッシュを渡され、俺は鼻を拭いた。


「興奮など、は、破廉恥だ……」
「それ以外考えられないでしょ?」
「っ……! し、しかし……!」
「好きな子があんな格好してたら仕方ないって」
「な、なにをっ……! た、ただ猫の格好をしていらっしゃっただけで……!!」
「けど、あの格好した姫さんが『にゃぁー』とか言ったらどうする?」


姫が、あのような格好で猫の鳴き声を……?
あの、愛らしい格好で愛らしい猫の鳴き声を……?



「ブッ!」
「え!? ちょ、うそ!!」


犯罪ではないのか!?
世界中の男が姫に見惚れてしまうぞ!!


そ、それに、姫が俺の愛玩動物に……?

毎日、家で待って居てくださるのか?
毎日、愛らしい鳴き声が聞けるのか?


その妄想に目眩がして俯くと、廊下に赤い水滴が斑点になっていた。


「さ、佐助……ティッシュ……」
「わ、分かってるよ! けどポケットティッシュじゃ足んないよ、これ」


箱ティッシュ貰ってくるから! と佐助は急いで模擬店の方へと走っていった。



ああ、俺は最低な人間だ。
妄想とは言え、姫を愛玩動物に仕立ててしまった……!


くっ、俺はなんと言う身の程知らずなのだ!

しかし、姫が俺の愛玩動物になると妄想した時の感覚は、一体なんだ。
高揚感? 幸福感? ……どの感覚も当てはまらぬように思う。
この気持ちは、どのように表せば良いのだ?


自分の感覚が分からず、もやもやとしながら俺は最後のティッシュを取り、鼻に押し付けた。




(それは、独占欲が満たされる充実感)
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