「ホグワーツが、君がここに通うことを望んだんじゃ。しかし、望んだからといってマホウトコロに許可証を送らぬように圧力はかけておらん」 マホウトコロから許可証が届かなかったのは、わしもよくわからんがのう。と校長はのんびり言う。 つまり、私はマホウトコロには選ばれず、ホグワーツには選ばれたということ? 「どうして……。ホグワーツは私が虐げられることを望んだっていうこと?」 私が、劣等生で、いじめられることを望んだっていうこと? 校長の言葉をまるまる信じればそうなる。 どうして? 生徒のストレス発散のために呼ばれたの? サンドバッグにするために? なんで、東洋人には人権もないの? 疑問で頭が埋め尽くされる。 「なまえおぬしは望まれてここにおる。悪い意味ではない、いい意味でじゃ」 「いい、意味?」 「おぬしのおかげで、ホグワーツの生徒が変わる」 言っている意味がわからなかった。 だって、私が入学して変わったことなんて、今まで虐げられてきたマグル出身に自信が加わったということだけだ。 自分より下の人間を見つけて舞い上がっているんだ。 いいことなんてひとつもないのに。 「どこが……! この学校は腐ってる! 強いものは弱いものを虐げて、弱い者はさらに弱いものを虐げる! こんなところの何が変わるって言うんだ! 多数派がそんなに偉いか!」 怒りが湧いてきて思わず怒鳴り散らす。 校長に言っても何の意味もないってわかってるのに。 「こんなクズしかいない学校が変わるなんて一生ない!」 こんな腐ったことをしていても、ここにいる生徒たちは全員自分が正しいと思っている。 全員が正義を掲げている。 こんな、こんな学校。 滅んでしまえばいい。 「落ち着きなさい。ほれ、レモンキャンディーでもどうじゃ」 差し出してきた手を力いっぱい払う。 手のひらに乗っていたキャンディーがころんと、地面に落ちた。 転がったキャンディーをみて校長は寂しそうな目をした。 「なまえや、おぬしは確実にここの生徒を変えておるよ」 「うるさい! 東洋人ってだけで、英語が話せないだけで迫害するような奴らが変わるわけがない!」 「今日、ここまでおぬしを運んだのは誰だかわかるかの」 「え……」 怒りの炎が少しだけ弱まった。 確かに、誰かが湖の中から引っ張ってくれた。 結局気絶して誰だか分からずじまいだったが。 「リーマス・ルーピンじゃ」 驚きで声も出なかった。 ルーピンといえば、巨悪の根源であるポッターやブラックといつも一緒にいる男だ。 彼から直接いじめを受けたことはないが、いじめを止めることもしなかった。 横で私かセブルスがいじめられているのを眺めているか、近くで興味がなさそうに本を読んでいるかのどちらかだった。 ポッターたちの金魚のフンだと思っていた。 そんな男が私を助けた? ポッターたちに喧嘩を売るような真似を金魚のフンがした? 「そ、そんなわけない」 「どうしてそう言い切れる?」 「ルーピンは、ポッターたちの友達で……。あいつらに逆らう真似をするわけがない!」 「そうじゃな、普通ならのう。しかし、おぬしは変えたんじゃよ」 「え……」 「普通なら考えられないことを彼はした。紛れもなくおぬしが彼の考えをかえたんじゃ。のう? リーマス」 最後の呼びかけに私は固まった。 カーテンが揺れて、中に気まずそうなルーピンが入ってきた。 相変わらず顔色は悪く、傷が多い。 「なんで……」 「みょうじさん……」 ルーピンが話だそうとした瞬間、校長が思い出したようにポン、と手を叩いた。 「そうじゃそうじゃ忘れておったわい。そろそろ荷物が届く頃じゃのう。さてじじいはここでお暇するよ」 「え」 「最近通販にはまっていてな。忘れていたことを思い出させてくれる玉らしい」 ぽかんとしている私たちをよそに校長はカーテンに手をかけた。 そうして出ていこうとしたとき、私を見た。 「なまえの英語ははっきりとしていて老いぼれのワシにも実に聞き取りやすい発音じゃった」 ウィンクして校長は出て行った。 揺れたカーテンをしばらく見つめていた。 残された私たちに何とも言えない気まずい雰囲気が流れる。 どうして校長は私たちを二人きりにしたんだ。 「あの……」 ルーピンも同じことを思ったのか気まずそうに口を開いた。 視線をカーテンからルーピンに移す。 「本当にごめん」 腰を90度に折って頭を下げるルーピンに目を瞬かせた。 どういうことかわからなかった。 なんでルーピンが謝るんだ。 私を助けてくれたはずなのに。 私がお礼を言ってもルーピンが謝る必要なんて全くないのに。 「ど、うして謝るの」 久しぶりにリリーとセブルス以外の生徒と話すため、緊張で喉を引きつらせてしまった。 「今まで、君を蔑ろにしてきた」 顔を上げて本当に後悔しているような表情をするルーピン。 「……君がいじめられているのを知っていたし、現場に立ち会うことだって何度もあった。けど僕は一度も止めようとしたことはない」 その言葉に私は黙る。 そうだ、この学校に私やセブルスがいじめられても止めようとしてきた人間はいなかった。 というより、私たちにされるいじめを悪いと思っている奴はホグワーツに存在しなかった。 ……けどルーピンは、悪いと思っていたんだ。 「僕は彼らの親友だ。止められる立場にいたのに保身のために止めなかったんだ。彼らとの友情が壊れるのが怖いから」 そりゃそうだろう。 友達が間違ってるからといってそれを真正面から否定するなんて実際難しいことだ。 それが大切な友達であればあるほど。 私だって一般的に悪だって言われてる闇の魔術に興味を持っているセブルスに一度も注意したことはない。 間違った道に向かおうがどうでもいいんだ。一緒にさえいてくれたら。 その気持ちは私にもよくわかる。 「傍観者だって同罪だ」 気持ちはわかっても、はいそうですか許します。なんて言えるわけない。 私の3年間はそんな簡単に片付けられるものじゃない。 何度も殴られて骨を折られたし呪文を食らわされた。 謝られても許せない。 「わかってる。謝ったって許されることじゃない。けど、本当にごめん」 どうして。どうしてこんな正直に謝れるんだ。 今ルーピンがしている行為は大切な友達であるポッターたちを否定していることになるのに。 「ごめん。本当にごめん……!」 こんなに謝られたら。 逆に許さない私が悪いみたいだ。 私が受けてきたいじめはこんな謝罪で許せるものなわけないのに! 私は何も悪くないのに! 変に湧いてくる罪悪感に怒りを感じる。 「出てって!」 「……みょうじさん」 「早く出てって! 私に関わらないで!」 もう自分の中に湧き上がる気持ちについていかない。 苦しくて辛くて、けど少し嬉しくて。 こんな謝罪じゃ許せるわけないのに。 どんなに謝られても絶対に許さないと思ってたのに。 けど、謝られたことが嬉しくて。 やっと私を見てくれる人がいることが嬉しいと思ってしまう。 リリーとセブルスがいれば他には何もいらないはずなのに。 布団にもぐってルーピンから隠れる。 「……ごめん、それとおやすみ」 カーテンが開く音がした。 (もやもや) [戻る] ×
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